ありがとう


「…おめでとう、姉さん」
彼女の墓石に向かって呟く。
今年も祝ってくれるのは僕だけだねと笑って、彼女のためにと選んできた花束を供えた。
「琥太にぃは…まぁ覚えててくれてるとは思うけど」
来てくれるかな、と彼女が目の前にいるかのように、僕は笑った。
「あのさ、姉さん」
『なぁに、郁』
そう聞こえた気がして、僕は続ける。
「僕の誕生日を心から祝ってくれる人が、増えたんだ」
出掛ける前より増えている荷物を見つめた。
僕の誕生日を知って、覚えていてくれて、祝ってくれる人が、これからもきっと増えていくんだと思う。
「それはたぶん、いいことだよね」
教育実習でお世話になったお節介な担当教員や、変な発明ばっかりする子とか、お世話係みたいな彼の従兄弟とか。
他にもたくさん、『僕』を知る人は増えていったよ。
けど、『僕』を知ることと、『姉さん』を知ることは違うよね。
僕の誕生日を知ったからと言って、姉さんの誕生日を知ったことにはならない。
姉さんには、祝ってくれる人が増えることはない。
「だから僕は…これからもずっと、1人になったって姉さんの誕生日を祝うよ」
そう呟いて、僕は立ち上がる。
もう年を取ることのない僕の片割れに背を向け、最愛の人の待つ家へと足を向けた。

「郁、おかえりなさい」
「ただいま」
玄関で出迎えてくれた月子は、嬉しそうに微笑んでいる。
合鍵を渡しておいて正解だった、と僕は思った。
「どうしたの?」
「郁はここで待機ね」
その一言ですべてを理解できた僕は、リビングへと続く扉の向こうを見ないようにしながら、ハイハイと両手を胸の位置に掲げる。
嬉しい気持ちを悟られないように、ポーカーフェイスは崩さない。
「何があるの?」
知らないふりをして問いかけると、月子はさっきよりも笑みを深めた。
「内緒!部屋が暗くなったら入ってきてね」
「へぇ、今日は積極的なんだ?」
「違うよ、もうっ。ね、郁、待っててね」
ぱたぱたと音をたててリビングに駆けていく月子の後ろ姿に、どうしようもない愛しさを感じる。
追いかけて抱きしめたいという衝動を抑え、リビングの明かりが消えるのを待った。
残された僕と紙袋。
ふと中身は何だろうと思い、取り出そうとしたところで、ぱっと明かりの消える気配がする。
いいよー、と弾んだような声が聞こえて、僕はくすくすと笑いながらリビングへと足を向けた。
扉を開ければ、そこには暗闇にぼんやりと浮かぶ月子の顔と、ローソクが立てられたケーキ。
嬉しそうな月子の笑顔に、僕の頬も自然と緩んでいく。
「ほら、早く消して」
「はいはい」
椅子に座り、ケーキを見れば、ローソクは2本。
「…僕の歳、わかってる?」
「え、わかってるよ?本当は、ケーキを2つにしようか迷ったんだけど…」
そんなに食べられないかなと思って、と月子は笑って言った。

「だから、ローソクは1人で1本にしたの」

ぽとりと、ロウがケーキに落ちるような音が聞こえるくらい、部屋が静寂に包まれる。
1人で1本。
1本は僕。
今日はきみの誕生日じゃないから。

じゃあ、あと1本は?

「……姉さんの、分?」
「そうだよ?誕生日、一緒でしょう?」
もちろんだと言わんばかりの口調に、僕は呼吸が苦しくなっていくのがわかった。
視界もなんだかぼやけてくる。
「…郁?」
「ごめん…なんでもない」
自分の顔が見られたくなくて、ふっとローソクをの火を吹き消し、暗闇の中、向かいに座る月子へと駆け出し手を伸ばした。
彼女に縋るように腰に腕をまわし、膝へ顔を押しつける。
月子は黙って、僕の頭を撫でてくれた。

ねぇ、姉さん。

姉さんを祝ってくれる人は、僕1人なんかじゃなかったよ。

『僕』を知って、『姉さん』を知ってくれている人が、ちゃんといたんだ。

僕の最愛。

唯一、僕が愛を伝えたい相手。

「…誕生日おめでとう、郁」

素直になれない僕を。

独りよがりな僕を、愛してくれて。

「………うん」




ありがとう。





end



郁誕生日記念。
どうもお姉さんと離して考えることができない…

タイトルはスタスカ男子の誕生日共通です。

20110609






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