無欲の勝利


「私がいなきゃダメなんだから」と片付けながら小さく呟くあいつが、なんだか微笑ましくて、とてつもなく愛しい。

こんな感情は、少しくすぐったい。

でも。

俺は“恋”をしてるんだと、実感する。


郁の教育実習も終わり、気付けば年も越していて、初雪もちらほらと降り始めた頃。
気付いて、しまった。
「…あー」
「どうしたんですか?」
てきぱきと作業しながらも、俺の呟きに敏感に反応する秘密の恋人に、小さく笑みが零れる。
「いや…なんでもない。気にするな」
「?はい」
にこっと笑うと、また手元に視線を戻し、作業を再開させた。

…忘れてたな、クリスマス。

さっきふと頭に浮かんだことを、もう一度心の中で呟く。
郁や有李といた頃は、あいつらふたりが騒いでいたから行事として成り立っていたけど、有李がいなくなってからは、誰かとクリスマスを過ごすなんてことはなかった。
ましてや、恋人となんて。
先月やけに生徒会の用事で保健室に来ないなと思っていたが、たぶんその時期に生徒会主催のパーティがあったんだろう。

気付きも、しなかった。

デスクに密かに置かれたメモスタンドも、あいつからのプレゼントだったのかもしれないと今さらながら気付く。
ガラス玉の中に、雪の積もったもみの木。

…気付かない方がおかしいな…

作業をするあいつに聞こえないように、小さくため息をつく。
こういうとき、謝るのが最善だろうか。
怒ってるのかもわからない。
あいつは笑ってくれるから。
何も言わないから。
俺にはわからない。

…言い訳、だよな。

「やひ」
「怪我したー!」
「星月ー!」
呼ぼうとした名前を遮り、転がるようにして男子ふたりが駆け込んできた。
直獅のクラスのサッカー部のやつらだ。
「琥太ちゃん見てよ!この怪我!」
「俺も俺も!見ろ、この肘!」
「怪我をすすんで見せるな…」
やれやれと重たい腰を上げると、不意にデスクに着いた手が書類の山を崩してしまった。
あーあと呟き、書類を拾おうとしゃがむと、いち早く夜久がそれを拾う。
「もう、ちゃんと書類は整理して片付けてください!」
「…悪い」
「次からは書類を重ねて山のようにするのは禁止です!」
「…わかった」
「私が拾いますから、怪我の手当てをしてあげてください」
仕方ないとでも言いたげに微笑み、書類を次々と拾いながら整理し始めた。
「じゃあ、頼む」
「はいっ」
その場を任せ、サッカー部のやつらの怪我をした箇所を看る。
「まずは消毒な。ほら、粟田」
「はいはい」
「つーか夜久、琥太ちゃんの奥さんみたいじゃね?」
「えぇ!?」
拾っていた書類をバサバサと落とした音がする。
デスクの奥に隠れてはいるが、顔を真っ赤にさせているんだろうなと思わせる慌てぶりが声に表れていた。
…隠れててよかったな。
「あー、ぽい!星月のこと叱れるなんて、夜久だけじゃねーの?」
「琥太ちゃんも素直に言うこと聞いてたしなー」
「奥さんっていうより、古女房みたいだよな」
デスクの向こうで、あいつが固まっている気配がした。

「おー、俺の古女房だ。無闇に手出すんじゃないぞ」

精一杯、感情を込めないように言いながら、粟田の傷口にガーゼをテープで止める。
「はーい!」
「わかってまーす!」
笑いながら返事をするふたりの怪我の処置を終え、さっさと部活に戻れと保健室を追い出した。
「…夜久、拾えたかー?」
「………」
「…月子」
返事がないので、未だしゃがんだままでいるあいつの元に向かう。
そこにいた夜久は、案の定顔を真っ赤にさせていた。
「あいつらに、その顔見られなくてよかったな?」
「……っ」
上目遣いで睨まれても、そんなに恐くないんだが。
ああでも、怒ってる今なら。
「…悪かったな」
「……え?」
謝ることもできるってもんだ。
「あんなこと言って、嫌だったんなら謝る」
「え、あの…」
「それと…クリスマスもな」
頭を撫で、夜久を引き寄せる。
デスクに隠れて、ぎゅっと小さな恋人を抱きしめた。
「俺…クリスマス忘れてた」
「…知ってます」
いじけたような声が返ってきて、おもわず微笑む。
そのまま髪を撫で、ごめんともう一度呟いた。
「…でも、星月先生は気付いてなかったかもしれないですけど、クリスマスは一緒に過ごしたんですよ?」
「……え?」
「天体観測、しました」
もう、と言い、白衣を強く握ってくる。
しばらく考え、あの日はクリスマスだったのかと気付いた。
いつもと違って強引に屋上庭園に誘うなとは思っていたが。
そうかと呟き、あいつの額に口づける。
「…次は、絶対忘れない」
「そう、してください」
「あとはプレゼントだな…」
メモスタンドに目を向けると、遠慮がちに胸にしがみついてくる少女がひとり。
「月子?」
「もう、もらいました」
「?何かやったか?」
「…“古女房”、って」
「…言葉だぞ?」
「嬉しかった、から」
だからいいんです、と顔を上げ微笑む彼女に、触れるだけのキスを贈る。

「…可愛すぎるぞ、お前」

俺はきっと、お前に“恋”をしてる限り、絶対に敵わない気がするよ。




無欲の勝利。




(身の回りの世話…何も言わずに出てくるお茶…)
(どうしたんです、陽日先生)
(指事語で繰り広げられる会話…)
(陽日先生?)
(今のうちから熟年夫婦みたいでどうするんだ!)
(…幸せそうだし、別にいいんじゃないですか)


end



ポータブル版プレイしました!
丸まって眠る琥太郎先生
可愛いです!

幸せになってほしい


20110117






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テーマ「人外ファンタジー」
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