芽生えていた気持ち


あの頃の僕は、もう。



「やっぱり人間、素直が一番だよね」
「…なんのことですか」
そう返しても、相田くんはからかうような笑みを浮かべているだけだった。
僕の言うこと全てを受け流すような答えに、僕の口調も少しだけ荒くなる。
「でもまさか昨日の今日で行動に移すとは」
「だ、だから!たまたま忘れただけだと何度も言ったでしょう!」
「都合のいいお弁当男子だなぁ、もう」
「都合がいいのはあなたの頭の中です!」
僕の反論に、まわりにいた井上くんや遠藤さんも笑う。
彼女のことになると、相田くんを始め、彼らは一丸となってからかってくるから質が悪い。



『あ、さっき学食に後輩ちゃんがいたよ』

昨日、午後の授業が始まる直前、相田くんは思い出したように言った。
え、と僕が小さく声を漏らしたのも気にせず、何事もなかったかのように素知らぬ顔をする。
僕の反応を待っているかのような態度に、『そうですか』と一言で返せば、あからさまにがっかりしたように肩を落とし、それ以上彼女については何も言わなかった。



そんな態度だった僕が、今日はお弁当を忘れて学食にお世話になると聞いてから、彼はにやにやとした笑みを僕に向けてくる。
「…うるさいですよ」
「今は何も言ってないよ!?」
「顔がです!」
「なんだよ、顔がうるさいって!」
今では日常茶飯事となった口論を交わしながら、5人分の座席を確保した。
密かに食堂全体に視線を向け、彼女を探す。


今まで彼女に会いたいという気持ちを持ち続けてはいたものの、積極的に探そうとはしていなかった。

会いたくて、会いたくない。
彼女に散々憎まれ口を叩いてきた僕は、今さら普通に話せる自信がなかったから。

…なんて。
都合がいいのは、僕の方だ。

こわがっていたくせに、気づけば僕は、お弁当をわざと持ってきていなかった。



「あれー?」
食券を購入するため列に並んでいると、隣できょろきょろと辺りを見回している相田くんが間抜けな声をあげる。
「…なんですか?」
「いや、後輩ちゃんと昨日一緒にいた子はいるんだけど、本人がいないんだよね。1年って必修科目多いし、ほぼ毎日来てるはずなんだけど」
「…体調不良で休みのときもあるでしょう」
「昨日話したときは元気そうだったのに」
「………」
さらりと言い放った彼の言葉に違和感を覚え、思わず相田くんの腕を掴む。
「ん?」
「彼女と…話したんですか?」
「あ、うん、少し。直江くんがお弁当男子ってこととか」
「とか?」
「…どこで食べてるか、とか?」


ドクン、と一際大きな心音が、僕の身体の中で響いた。

まさか、そんなこと。
あるわけが。


頭の中では否定しているはずなのに、僕の体は長蛇になっている列からそっと外れる。
「直江くん?」
呼びかける相田くんの声を無視し、僕の足は自然と走り出していた。



わかってる。
これはただの自惚れだ。

相田くんが言った場所に彼女がいるなんて、そんな確証はどこにもない。
いない確率の方がきっと高い。

でも、足が勝手に動いて走るのを止めない。



昼休みで賑わう通路を逆走し、管理棟に足を踏み入れる。
エントランスを抜け、裏庭に続く階段を駆け下りれば、閑散とした、それでいて緑に囲まれた広場に抜けた。
授業で使うこともなく、生徒も近付かない管理棟の奥に、僕が見つけた穴場だ。


そこにひっそりと設置されたベンチが目につき、立ち止まる。
いつも僕がお弁当を食べている場所。
思っていた彼女の姿はなかった。

「……何を…僕は…」

整わない呼吸で呟く。

…どうして来てしまったんだろう。
彼女がいるかもしれないだなんて、ただの自惚れでしかなくて。
僕の願望でしかなくて。

こんなにも落胆する権利を、僕は持っていないのに。



「…直江先輩…?」


え、と振り返った先に立っていたのは、紛れもなく望んだ彼女。
驚いたように、ぽかんと口を開いて僕を見つめている。
…なんて、間抜けな顔。

でも、持ち物は財布だけで、肩で息をする僕の姿も、今の彼女の顔に負けないくらい間抜けなんだろう。


「…どうしよう」


ぽつりと自然に零れた言葉。

溢れてくるこの気持ちから、僕はもう目をそらすことなんてできない。




この想いの名前を、僕はずっと前から知っている気がした。





To be continued...

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -