ほどけて絡まる
「…先輩も、この大学だったんですね」
白々しい、と自分で思った。
直江先輩がこの大学にいることを、本当は知っていたくせに。
「ええ」とだけ返された言葉は、あの頃と変わらない素っ気ないもの。
どこか安心できるものがあったけど、それと同時に、少しだけ心が痛む。
驚くこともなく、ただ私を見つめ返す瞳。
何も言うことがないのか、黙ったまま私を見つめている。
「じゃあ…また」
その空気に耐えきれなくなった私は、出来る限り精一杯の笑みを浮かべ、友達を言い訳にその場を立ち去ってしまった。
…そうだ。
私とまた会って、驚いてくれるかな、なんて勝手に思って。
直江先輩の中に、残ってるかもだなんて。
「…ばかだ、私」
直江先輩に背を向け、小さく呟く。
振り返るのが怖くて、後ろ髪を引っ張られるような気持ちを、私は無理やり抑え込んだ。
行きたい大学をしっかりと決めたのは、高校3年の春も終わろうかという頃だった。
学部、学科から絞り込み、通える範囲の大学の資料を集め、検討していたときのこと。
『この学校、直江くんが行ったわよね』
第1志望の学校を決めかねていた私に、資料を覗き込んできた弘海ちゃんがぽつりと言った。
それだけが学校を決めた理由じゃないけど、大きく関係してるのは否定できない。
何故か、会いたいと思って。
これでもかというくらい、勉強した。
その甲斐あってか、この大学に入学することができたけれど、私は『その先』を考えていなかったのだ。
直江先輩に会えたら。
私は───?
その答えが出ないまま、大学に入学して、約1ヶ月が経過してしまっていた。
「あの人、知り合い?」
「彼氏?」
席に戻ると、さっそくというかなんというか、興味津々に瞳を輝かせながら聞いてくる。
そんな目をされても、私は期待しているだろう答えを返すことはできない。
「…ただの、高校の先輩だよ」
「ふーん」
なんだぁ、と残念そうな声が聞こえてきそうなくらいトーンを落とし、彼女たちのうちの1人は直江先輩がいるであろう方向に視線を向けた。
「…ねぇ。本当にただの先輩?」
「え…どうして?」
ちらりと私を見て、先輩の方を見るように促す。
「ずっと見てるよ、こっち」
え、と自然に声が漏れ、思わず振り向いてしまった。
そこには、遠くから真っ直ぐこっちを見ている直江先輩。
私が振り向いた瞬間に、先輩の肩が大袈裟に揺れたのがわかった。
「……あ」
…私?
ふにゃりと自分の口元が緩んだのがわかる。
直江先輩に向かって小さく会釈し、先輩に背を向け席に着いた。
目の前に置かれているのは、先輩が食べていたのと同じB定食。
美味しそうだからと頼んだだけだったけれど、今はなんだか特別なメニューみたいだ。
「…なんか、嬉しそうじゃない?」
「そんなことないよ」
「やっぱりただの先輩じゃないんでしょ!」
言っちゃいなよ、とにやにやしながら言ってくる友達に苦笑いを浮かべ、うーんと考えてみる。
私にとっての、直江先輩。
「…特別な先輩、なのかな」
自分で呟き、首を捻る。
「え……?」
勘違いなんかじゃなく。
このとき、確かに。
私の胸は酷く震えていた。
To be continued...