ふたつの恋
「今日も断わられるかと思ってた」と言って、大和くんは小さく笑った。
あの日と同じ場所。
清嘉学院の最寄り駅。
駅前のファーストフード店。
ただ違うのは、季節はひとつ進んでいて、私が大和くんの気持ちを知っているということだった。
「…前にここで会ったのが、学園祭に一緒に行くかもって言ってた奴?」
先に来て待ってくれていた大和くんの正面に座るなり、唐突に浴びせられた質問。
突然の問いに驚くと共に、あの日の直江先輩と言葉が思い起こされて、思わず俯いてしまう。
「あんなこと言われても、約束は有効なの?」
…約束なんてしてないの。
私が勝手に思い込んでただけで。
そう言いたいのに声が出なくて、私は無言で首を横に振った。
忘れていたのだ。
高校の時から敵対していて、あの頃からよく思われてなんかなくて。
今の直江先輩にとっては、私との再会は厄介なだけ。
あの日、一緒に学校へ行ったことも、彼には苦痛なだけだったのに。
それなのに、私は。
『い、行ってみませんか、今年は!』
…なんて、思い上がりもいいところだ。
「 ひめ 」
私の思考を止めるように、大和くんの声が私の名前を呼ぶ。
「…前置きとか、まわりくどいこととか、俺やっぱり言えない」
すぅ、と小さく息を吸う音が聞こえて、私はゆっくりと顔を上げた。
「 ひめ が好き」
ばちん、と。
真っ直ぐに私を見つめる視線とかち合う。
「だから、付き合ってほしい」
言葉さえも真っ直ぐで、私は大和くんの視線から逃げるようにまた俯いた。
用意してきたはずの言葉が、本当はあのとき言わないといけなかった言葉が、喉に突っかかって出てこない。
何も言えずにいると、つんと旋毛が突つかれる。
もう一度顔をあげると、そこには、私を見つめ、少し困ったように微笑む大和くんがいた。
「…俺、あの人にドラム捨てられそうになったよ」
「…うん」
「文化祭だって、邪魔されてた」
「そう、だったね…」
懲りない人、だった。
どうあっても私たちと敵対して、イベントを中止させようと躍起になって。
最後には失敗して、泣きを見る人。
…でも本当は、優しい人。
イベントの邪魔をするのは、他の生徒の勉強の妨げになると思っていたからだ。
彼の中にあったのは、不器用な思いやり。
スキー教室でカイロをくれたときも、勉強を教えてくれたときも。
やっぱり、直江先輩は優しかった。
「…確かに、酷いこと、たくさんしてきた人だと思う…」
ただ。
幸人先輩が生徒会を辞めそうになったとき。
独りになってしまった彼のもとに、駆けつけたかった。
隣にいたいって。
笑顔が見たいって思った。
それって、やっぱり。
「…でも、好きなの」
こういうこと、でしょう?
大学まで追いかけていってしまうくらい。
嫌いと言われても、気持ちがなくならないくらいに。
『…必死すぎです』
ぎこちなくも私に向けられた笑顔。
それでも私は、嬉しかった。
「…俺に向けられた言葉だったらよかったのに」
小さく呟かれた大和くんの言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
瞬きのせいで零れた雫が、ぽたぽたと手の甲を濡らした。
「…ごめんなさい…っ」
用意していた言葉が、涙と一緒に零れていく。
「今まで逃げてて、ごめんなさい…」
あの日から、大和くんからよくメールが来るようになった。
何もなかったかのように綴られる他愛ない内容。
だけど、その端々に込められた大和くんの気持ちから、私は目を逸らしていた。
自分に余裕がなくて、そんな勝手な理由で、私は逃げてしまっていたのだ。
「…いいよ。今日、来てくれたし」
「………」
「 ひめ の気持ち、聞けてよかった」
そう言って目を伏せた大和くんは、ごそごそとポケットを探り、数字の書かれたチケットをテーブルに置いた。
「最後だから、聞いて。俺のわがまま」
「…これ…」
「文化祭ライブの整理券。本当は当日配布だし、まだまだ先だけど、特別に作ってもらった」
真っ直ぐに向けられていた大和くんの目が今は見えない。
見えてはいけない気がして、私はチケットをただ見つめた。
「誰とでもいい、来て欲しい。俺、頑張るから」
「……」
「ライブ見て、俺を振ったこと、後悔してよ」
それくらい、いいでしょ。
笑うような声が聞こえて、大和くんの顔を思わず見上げる。
すでに立ち上がっていた彼の優しい笑顔が、私を見つめていた。
「次に会ったときは、森田のときみたいに笑って」
じゃ、と自分のトレイを持ち上げ、私に背を向けた大和くん。
「…ありがとう…っ」
彼の笑顔も言葉も優しすぎて、私はそのまま、その場でまた少しだけ泣いた。
諦めなきゃと何度思ったかわからない。
でも、叶わないとわかっていても、なくすことなんて出来なかった。
たとえ、行き場をなくしてしまったとしても。
それでもなお、私の胸を焦がし続けているのだから。
To be continued...