消せない過去


嫌悪を向けた先にいたのは。

彼女の瞳に映っていたであろう、僕だった。




彼女が走り去ってしまったあと、ちらりと僕に視線を送った鎮目くんは、彼女の後を追って店を出ていった。
残されたのは、呆然と佇む元学園祭実行委員たちと、何か言いたげに僕を睨む葉月。

その視線から逃れるように俯けば、痛いくらいに強い力で肩を掴まれる。
その手の持ち主からは、怒りしか感じられなかった。

「…京一」
「わかってます」
「何をわかってるんだよ!」
「全部です!」

絞り出すように、葉月の顔を見れないまま僕は続ける。

「…全部、僕が駄目なんだ」

円城寺くんたちと笑いあう彼女。
鎮目くんと並んで立つ彼女。

…自然だと思ってしまった。

僕といるよりも、ずっと。

「…全然、変われてなんか、なかった…」

ぽつりと呟いた言葉に、胸の奥が締めつけられる。


『京一は変わったね』


葉月が言った言葉に、僕も同意していた。
彼女と自然に話せている自分に、彼女への想いを自覚できた自分に、もう高校生のときの自分はいないのだと。

変われたのだと。


勘違いを、していたんだ。


睨んでしまった。
学園祭を否定した。
彼女を侮辱した。

彼女を、否定してしまった。


…あの頃の、ままだ。

憎たらしくて、傲慢で、とんでもなく子どもだった自分。

素直になれなかった自分。


僕は、これっぽっちも、変われてなんかいなかった。



「…離して、」

未だ強く肩を掴んでいる葉月の手をそっと払う。
その手は重力に従うように、力無く下ろされた。

「…違うだろ」
「………」
「変われてないなんて、なかったろ…?」

どこか縋るような声に、僕は思わず顔を上げる。
怒りというよりも、悲しみの表情を浮かべる葉月がそこにはいた。

「お昼だって誘えたじゃん。隣に座れるようになって、普通に話せるようになってたじゃん。それって、変わったってことじゃないの?」
「……」
「少なくとも、高校生のときの京一には出来なかったことじゃないか…!」


…でも、葉月。

真っ黒な気持ちで。
口先に任せるまま。

僕は彼女に酷いことを。

あの頃のように、酷いことを。


…こわかったんだ。

あの頃を思い出すのも。

あの頃を思い出してしまう場所に足を踏み入れるのも。

以前の僕に、戻ってしまうような気がして。

……でも、もう、遅い。

最後に見た、彼女の顔は、




「直江」

呼ばれた瞬間、ぴくりと肩が震えた。
憧れていた彼の声に似ていたせいの条件反射で、双子は声まで似ているのかと今さらながら気づく。
視線を移せば、僕を見透かすような目で、円城寺くんが僕を見ていた。

「お前の都合なんざ、今はどうだっていいんだよ」
「………」
「理由があろうがなかろうが、お前はあいつを傷つけた。それだけが事実だ」
「……はい」

傷、つけた。

僕が。

僕の言葉で。

彼女は───、



「考えてよ、京一」

ふらりと店の出口に向かう僕の背中に向かって投げかけられた声が、震えているように聞こえる。

「どうしてひめちゃんは傷ついたのか。京一の言葉で、傷ついたのかを」

ちゃんと考えてよ、と呟いた葉月の言葉に、僕は外に向かう足を速めた。



…そんなの、わからない。

わかるわけない。

僕には、もう何も。




気づけば僕は、無我夢中で走っていた。

一時でも早くこの場所から離れたい。
清嘉の制服が蔓延るこの地から。
当時を思い出す、この懐かしい雰囲気から。

「はぁ…、は、ぁ…っ」

逃げるように飛び込んだ電車の扉が閉まる。
見慣れた景色が遠ざかっていく。


「…何もわからないよ」


目をそらしたくて、瞳を閉じても。


最後に見た彼女の傷ついた顔だけは、どうしても消えてはくれなかった。




To be continued...



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