冷たい瞳


『…学食で会えるかなと、思ったので』

あなたに、と呟かれた言葉に、心臓が掴まれたような気がして。

やっぱり直江先輩に恋をしているんだ、と。

私は再度、自覚したのです。




また明日、という直江先輩の言葉通り、お昼を一緒に食べた日の週末。
「話があるの」と今度は美影に呼び出され、この前と同じファーストフード店に着くと、そこにいたのは美影だけではなかった。
「…キイタくん?大和くんも…」
「よ!」
「久しぶり…」
片手を挙げたキイタくんの隣には、少しだけ頬を赤く染めた美影が座っている。
「来てくれて、ありがと」
「ううん…」
そう答えたものの、その場で立ち尽くしていると、大和くんが自分の隣の席のイスを引き、私に座るよう促してくれた。

「………」
「………」
「………」
「………」
なんとも言えない空気が流れ、誰も口を開かない。
とは言ったものの、大和くんだけは気にしてないようで、黙々とポテトを食べていた。
…相変わらずマイペースだなぁ。

「あー…のさぁ…」
そんな空気にいち早く根をあげたのは、キイタくんだった。
ちらりと美影に視線を投げかけ、2人で小さく頷く。
「ひめに、報告があって…」
「報告?」
こくんと頷いた美影に告げられたのは、羨ましいくらいに幸せな報せだった。



照れてるのか、少しぶっきらぼうに、それでも嬉しそうに事のあらましを話す美影を見て、微笑ましい気持ちが私の中を満たす。
美影がキイタくんを好きだってことは、なんとなく気付いていた。
あまり相談してくれなかったのは寂しかったけど、美影には美影なりの考えがあったんだと思う。
キイタくんとも繋がりがあった私には、言いにくかったっていうのもあるのかもしれない。
「ごめんね」と私の目を真っ直ぐ見つめて言った美影のその言葉には、いろいろなモノが詰め込まれているような気がしたけど、その全部は私にはわからなかった。


追加注文をしたいから、とキイタくんが席を立つ。
すると、今まで黙ってポテトを食べていた大和くんが私を振り返り、口を開いた。
「…今年の学園祭も、来るよね」
「え?」
「ライブやる。招待されたから」
「あ、それキイタも言ってた。でも…ね?」
私に視線を向け、美影は含んだように笑う。
「考えておきます」と言われたものの、一応学園祭に直江先輩を誘ったことを、美影にはいち早く報告していたのだった。
「…来れないの?」
「い、行くよ!たぶん…」
「前から思ってたけど、はっきりしない人だよね」
はぁ、とわざとらしく溜め息をつく美影。
その姿に思わず噴き出すと、くいっと横から袖を引っ張られる。
見ると、大和くんが少し驚いたような顔で私を見ていた。
「…他の誰かと行くの?」
「え…?」
「はっきりしない人って、誰のこと?」
大和くんの真っ直ぐな視線が向けられる。
あんまり見たことのない大和くんの真剣な顔に、思わず息を飲んだ──

──その時。


「お、ひめじゃねぇか」


聞き慣れた声が頭上から降ってきた。

振り向いた先に、いたのは。

「恵人先輩…!」
「よお」
「ひめちゃん、久しぶり」
「元気そうだね」
「辻先輩に、棗先輩も…お久しぶりです!」

懐かしくも突然の再会に、私は大和くんの手がそっと離れていったことにも気付かなかった。

「さっき、そこで見つかっちゃってさぁ」
恵人先輩の背後からひょこっと顔を覗かせたキイタくんが、ばつが悪そうに笑う。
「で、これからみんなで遊びに行こうって話になったんだけど…」
「恵人が脅したんじゃないでしょうね?」
「んなことするかよ。な、行こうぜ」
私に視線を向け、にやりと笑う恵人先輩。
変わらない笑顔に、イベント毎に奔走していたあのときの楽しさが蘇ってくるようで、私は自然と頷いていた。

「じゃ、行くか!」
行き先を決め、みんなで一斉に席を立つ。
トレーを片付けようとすると、さも当然と言わんばかりに、大和くんが私の分を持って歩き出した。
「い、いいよ、大和くん!」
「…キイタもやってるし」
大和くんの視線を辿れば、美影の分のトレーを持つキイタくん。
「あれは…2人は、付き合ってるからで」
「………」
「大和くん?」
何かを考え込むようにして押し黙った大和くんは、その場で立ち止まってしまった。
「…私、自分で片付けるから」
そう言い、大和くんの手から自分のトレーを受け取ろうとしたとき。
大和くんの向こうに見えた人物に、私の心臓が大きく跳ねた。


「…直江先輩…!」


直江先輩は、私たちに向かってゆっくりと近付いてくる。
「…先輩…?」
次第にはっきりと見えてきた表情は、硬く、厳しいもので。
つい先日見た笑顔なんて、なかった。
「…賑やかですね、あなたたちが揃うと」
「お、直江。久しぶりだな」
恵人先輩の言葉を無視し、私に真っ直ぐに向けられる視線。
「…やはり、変わっていませんね」
冷たい、声。
今の直江先輩を、私は見たことがある。
それはいつだったろう、と、どこか頭の片隅で考えていた。
「学園祭なんて、くだらない」
吐き捨てるように、直江先輩は呟く。
「僕はあの学校に行けなかったのではなく、行かなかっただけです。僕にはもう、必要のないものですから」
「おい、直江──!」

ああ、そうだ。
この表情は。

「あなたは相変わらず、あなたに気のある男をはべらせて…あの頃と同じだ」

あの頃と、同じ。

敵対していたあのときと、同じ。


「そんなあなたが、僕は嫌いだったんです」





気付けば、私はお店から飛び出していた。

人にぶつかっても立ち止まれなくて、どこに向かってるのかもわからなくて、ただただ私は前に進んでいく。

直江先輩から離れるように。

直江先輩のあの目から、逃げるように。

頭から離れない。

あれは、明らかな嫌悪だった。

…嫌われた。

嫌われていたんだ。


「待って…!」


力強い手に捕まり、ぐっと引き寄せられる。
ぎゅっと抱きしめられ、突然のことに何も言葉が出なかった。


「…っ、好き、だ」


荒い呼吸を整えながら、じわりと涙が滲む。


…私は、なんて最低なんだろう。


この腕が。

その言葉が。


「……大和、くん…」


直江先輩のものだったらよかったのに、なんて。


思ってしまった。





To be continued...

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