全力昼休み


はぁ、と小さく聞こえるのは自分のため息。

何度窓の外を見ても、降りしきる雫は止みそうになかった。



待ちわびた月曜日に、生憎の雨。
管理棟の裏庭は屋内を抜けた先の屋外だ。
ベンチだって、座れないほどに濡れているだろう。

…それでも、彼女は来てくれるだろうか。

講義の終わりに向かう教授の言葉に耳を傾けつつ、意識はもうこの後の昼休みに飛んでいる。
そわそわしている僕に気づいたのか、隣に座っている相田くんがにやにやとした笑みを浮かべた。
「あれー、昼休みに何かあるの?」
「…別にありません」
「直江くんてさ、自分がわかりやすいってことに気づいてないよね」
「だ、だから別にないと言っているでしょう!」
そう言った瞬間にチャイムが鳴り、生徒が一斉にがやがやとし始める。
いつの間にか、教授の話も終わっていたようだった。

「ねぇ、直江くん」
前の席に座っていた遠藤さんが、遠慮がちに僕を振り返る。
「直江くん、今日は学食?」
「いえ…今日はお弁当です」
「そ、そうなんだ!…じゃあ」
「もしかして、後輩ちゃんと食べるとか?」
遠藤さんの言葉を遮り、相田くんが笑みを深めて僕の顔を覗き込んだ。
どうしてかこう、彼は葉月同様鋭い。
…決して僕がわかりやすいわけではなく。

「そっか!金曜日はその約束のために…」
「と、とにかく!僕は行きますから!」
これ以上ここにいれば、相田くんの詮索に溺れてしまうような気がして、僕は勢いよく席を立った。
「今日は雨ですよー」
「それでも行くんです!」

雨は止まない。
裏庭はきっと昼食どころではないだろう。
考えてみれば、彼女からは「はい」としか聞いていない気がする。
あれはただの返事か、承諾か。

「…それでも」

自分の気持ちを自覚した今、もう逃げないと決めたから。

気づけば僕に集中していた4人の視線を振り切り、僕は管理棟へと急いだ。


「…ダメだよ、遠藤」
「………」

そんな2人のやり取りは、雨の音にかき消されてしまったらしい。




傘を畳み、管理棟に足を踏み入れる。
エントランスを抜け、裏庭に続く階段を降りつつ、もう一度傘を開いた。
ぱたぱたと傘に落ちる雨音が、静かな空間に響いている。

「……あ」

来て、くれた。

濡れたベンチの横に立ち、ピンクの小花が散り散りに咲く傘を差す彼女。
見慣れたはずの場所なのに、彼女がいるだけで、そこがなんだか特別な場所みたいだ。

そう思うのは、やっぱり僕が彼女に特別な想いを抱いているからなんだろう。

「あ…直江先輩」
「こ、こんにちは」
「こんにちは…」
「………」
「………」
挨拶のあとに沈黙が走り、聞こえるのは雨の音だけ。
傘に隠れた彼女の顔が見えないのは、僕も少し傘を前に傾けているからだと気づいた。
…逃げはしなくても、隠れはするらしい。

「……あの!」
「は、はい!」
「…お弁当、ですか?」
そう聞けば、彼女は慌てたように手に持っていた鞄を遠慮がちに掲げた。
承諾だったことが判明し、自分の頬が緩んだのがわかる。
「…中に入りましょうか」
「は、はい」
彼女が1歩踏み出したのを確認し、僕も中へと続く階段を引き返した。


水の滴る傘を立て掛け、エントランスにある椅子に並んで腰かける。
やはり学生があまり近寄らない管理棟には、人の気配は全くと言っていいほどなかった。
「………」
「………」
彼女と2人きり。
緊張しているはずなのに、どこか穏やかな気分。
もっと言えば、彼女とこうして並んでお弁当を食べている状況に、ふと疑問を浮かべられるくらいの余裕が持てていた。


そういえば、どうしてこうなったんだろう。

そもそもの始まりと言えば──

相田くんが学食で彼女に会ったなんて言うから、金曜日に僕はお弁当を忘れて。
でも、学食にいるはずの彼女の姿は見えず。
相田くんの話を聞いて、裏庭まで走って──

「…どうして金曜日、裏庭にいたんです?」
「え?」
「いつもは学食で食べていたんでしょう?」
確証がないにも関わらず駆けつけた僕も僕だが、そうすれば、すれ違うこともなく僕はあなたに会えていたのに。
そう思うだけで口にはせず、彼女の次の言葉を待つ。
「…ま、前の日に、直江先輩は裏庭でご飯を食べてると聞いたので…」
頬を赤くし、俯きながら彼女は続けた。


「会えるかな、って…思って」


小さい声だったけれど、それでも、僕の動きを止めるのには十分な発言で。
「でも結局、直江先輩はお弁当を忘れちゃってましたけど」
そう呟いた彼女の横顔に、とくんと胸が高鳴る。


会いに、きてくれたんですか?

心の中で問いかけてみた。

…土曜日も、あんなに必死になって。

あなたは何を考えているんです?


実際には聞けるわけもなく、口の中に残るご飯をごくんと飲み込む。
「…忘れたのは、わざとです」
「え?」
隣で首を傾げる彼女に、僕は視線をふっとそらした。


「…学食で会えるかなと、思ったので」


あなたに、と小さく呟く。

逃げないと誓った僕は、たぶんここで力尽きたんだろう。
「……」
「……」
そこからはお互い無言で、お弁当を食べ終わるまでその時間は続き。




『…では、また明日』


そう言った僕の声は、微かに震えていた。





To be continued...

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