咲いた想い


遠回り、というよりは、何も言わなくても、2人揃って『そこ』を目指してるみたいだった。

懐かしい道を通り、見えてきたのは母校である清嘉学院高校。
門の前に並んで立ち、そっと隣の直江先輩へと視線を向けると、彼は目を細め、慈しむように校舎を見つめていた。

「…懐かしい」
直江先輩がぽつりと呟く。
「卒業してからは、一度も来てませんでしたから」
ふと声に寂しさが滲んだ気がして、私はとっさに先輩の服を掴んだ。
「へ…?」
「あ、あの…」


昨年の文化祭も、滞りなく開催された。
生徒会の妨害もなく。
なんの問題もなく。

だけど、何かが物足りないと思ってしまった私がいた。

Gフェスの先輩たちも来てくれて、葉月先輩に引き摺られるように、幸人先輩も来てくれて。

だけど、そこには直江先輩だけが───


「…葉月は行ったと言ってましたね」
塀に設置してある掲示板に視線を移し、直江先輩は呟いた。
何に、と言われなくても、その言葉が学園祭のことを指しているのがわかる。
もうすぐこの場所に、学園祭のポスターが掲示されるのだ。
「…幸人も、行ったと」
寂しそうに、それでもふっと口元を緩める。
「僕は行きませんでした」
「あ…」
「行けるわけ、なかった」
暗く翳った直江先輩のそんな顔を見ていたくなくて、私はさっきから掴んでいた先輩の服を思わず引っ張る。
「え……」


「い、行ってみませんか、今年の文化祭!」


驚いた表情を浮かべた直江先輩に構わず、私は続けた。
「直江先輩にとって、学園祭には嫌な思い出しかないかもしれない、ですけど…!」


…だって、悲しい。

あんなにも学校のために奔走して。
あんなにも尽くしていたのに。

校舎へ向ける視線は、この上無く優しい。

そんな人が、学校から離れてしまうなんて。


「………」
困惑したような目が私を見つめてくる。
その視線から逃れるように、言葉を飲み込んでしまわないように、私は俯いた。
「Gフェスだった私が言えた義理じゃないって、わかってます!…でも、前とは立場が違くて…だから行けないなんて、そんなこと」
ない、と言おうとして、思わず息を飲む。

右手に感じる、包まれるような感覚。
そっと視線を上げれば、私の手に重ねられた先輩の手。

「…必死すぎです」

困ったように笑う直江先輩に、胸の奥がきゅっと鳴る。

「僕は平気ですから」

そう言って、先輩はまた校舎へと視線を戻した。



…うそ。

だって、寂しそう。

自然と足が向いてしまうくらいに慣れ親しんだ場所に来て、嬉しそうに笑ったくせに。
それでもどこか、寂しさは隠せてなくて。


「…学園祭じゃなくても、いいんです」
「……」
「だから…」


離れて、いかないで。

直江先輩たち生徒会が創り上げてきた学校でもあるから。

嫌な思い出をひとつでも残してほしくない。


「……あなたがそんなに言うなら、考えておきます」
そっぽを向きながらそう答える直江先輩に、「へ…」とつい間抜けな声が出てしまった。
「………学園祭」
「えぇ……!」
「あ、あなたが必死すぎるので、仕方なくですから…!」
他意はありません、と繕うように言った直江先輩のちらりと見えた頬は、少し赤くて。
「…はい!」
高校のときの先輩が垣間見えた気がして、私は自然と口元を緩めた。



「あ、私、この駅なので…」
「ええ、それじゃあ」
電車のドアが開き、外へと足を踏み出す。
後ろを振り返れば、直江先輩はこちらを見つめたまま、右手を所在なさげに彷徨わせていた。

「……また、月曜日に」

ドアが閉まる寸前に聞こえたのは、私たちの『次』に繋がる言葉。

胸のあたりでふと止まった先輩の右手が、掌を私に向けていた。
バタンと閉まったドアの音に、私も慌てて彼に右の掌を向ける。


動き出した電車の中。

ふと見えた直江先輩の微笑みに、私の胸は甘く締めつけられた。





始まりなんて曖昧だけど。

今はもう、はっきりと存在していて。


ああ、やっぱり。

…私、恋をしてる。





To be continued...

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