設定すら乗り越える


自分の立ち位置は、わかってるつもりだ。

「よろしくお願いします」
弓道場に響く声。
この学園で唯一の女子生徒、夜久月子。
「あれ、まだ犬飼くんしか来てないんだ」
「ああ」
「小熊くんは?」
いつも一緒にいる後輩の名前が出てきて、俺は小さな焦燥感を覚える。
「まだ来てねーよ。なんで?」
「いつも3人一緒にいるから、犬飼くんだけって珍しい気がして」
「…白鳥は」
「白鳥くんはさっき会って、ちょっと遅れるって言ってたもん」
「あ、そ」

走る沈黙。

みんなでいれば、夜久のことをからかったり、可愛くないなんて平気で言えるのに。

ふたりになると、ダメだ。
何を話していいのかわからない。

だって、ほら。

こいつの弓道に向かう姿勢とか。
屈託のない笑顔とか。
みんなに優しいところとか。
男ばっかりの中で健気に頑張ってるところとか。

好きにならないなんて、無理な話だ。

可愛いとしか、思えない。

白鳥の気持ちは知ってる。
夜久に話しかけたのだって、幼馴染みの目がある中でよくやったと思う。
だからこうしてふたりっきりの状況になってしまったことに、申し訳ない気持ちがないわけでもない。
でもやっぱり、俺としては嬉しい気持ちの方が大きいわけで。

「…夜久はさぁ」
「なに?」
向けられた好意に気づかない。
だから誰とでも別け隔てなく接することができる。
それはこいつのいいところでもあり、悪いところでもあると思う。
ひどく、残酷だ。
「好きなやつとか、いないのか?」
「…どうしたの、犬飼くん」
怪訝そうな顔で俺を見る。
そりゃ、まあ。
正しい反応だ。
話が繋がらないもんな。
「…いや、どうなのかと思って。聞いてみただけだから気にすんな」

聞いておいて、怖くなった。
もし答えられて、固有名詞が出てきたら、俺はどんな反応をしただろう。
笑って、友達として応援してやったのだろうか。

「…犬飼くんこそ」
「あ?」
「好きな人とか、いないの?」
「…え…」

夜久の顔が、赤い。
聞き返されるとは思ってなかった俺の顔も、きっと赤い。

なんだこの空気。

っていうかこの学校には女子は夜久ひとりだし、ここでいるって言ったら、こいつに好きだって遠回しに言ってるようなもんなんじゃないか?

好きなやつは、目の前にいるよ。

でも、それを言って、俺はどうする?

俺の立ち位置は、どこだ?

なんでお前は、そんな顔してそんなこと聞くんだよ。

「…どうだと思う?」

精一杯の答え方だった。
これ以上の答えを、俺は持ち合わせてない。

チラリと夜久を盗み見る。
表情は見えないが、なんだか嫌な予感がした。

「…いる、かな?」
向けられた笑顔。
いつもの、みんなに見せるような。

好意すら跳ね返す、鉄壁。

「どこの学校の子?」
「…はぁ?」
「ほら、協力できるかもしれないし」
にっこりと笑う夜久。

鈍感も、ここまで来れば罪だと思う。

いるとすれば、この学校で。

俺はノーマルで。


じゃあ、お前しかいないだろうが!


「…っ、バカか、お前は!」
「え…?」
「ここでいるってなったら、お前しかあり得ないだろ、このバカ!」
「え、え?」
「そんな真っ赤な顔してんなこと聞くな!誤解されても文句言えねぇぞ!ばーか!」

ああ、言った。
言ってやった。

言っ………

「っちまっただろうがぁぁ、このバカ!」

やばい。
やばいやばい。

言うつもりなんてなかったのに。
なんだこれ。
何言ってんだよ、俺!

「…犬飼くん」
「………」
「…好きな人って、この学校の、生徒?」
「……っ」

核心だ。

ここから先。

友達に戻れるか。
このまま距離を置かれるか。

次の俺の一言にかかってる。

俺は、どうしたい?
どうなりたいんだ、俺は。

「…おれ、は」

みんなは、許してくれるだろうか。

サブキャラが。

その域を、出ることを。

「夜久が、好きだ」




設定すら乗り越える。




(…待った待った!笑ってるぞお前!)
(…だって、嬉しい、から…)
(俺、フラれるんだよな?)
(…フラなきゃいけないの?)
(わぁぁ、ふ、ふるな!むしろ俺と付き合ってくれ!)
(…うんっ)


end



どうして吉野さ(ry
犬飼くんが攻略対象じゃないんだろうという疑問から







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テーマ「人外ファンタジー」
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