僕のものになってください。


「…梓くんの目になりたい」

部活の休憩時間、隣に座る先輩がポツリと呟いた。
瞳はまっすぐ前に向けて、背筋を伸ばして。
僕の目になりたい、なんて呟いておきながら、僕をいっさい視界に映さなかった。
「…僕、この先視力が落ちる予定はないですよ?」
「そうじゃ、なくて」
ふふ、と彼女は笑った。
先輩を笑顔にさせられたと思うと、心臓あたりがきゅうと鳴く。
これが好きって感情なんだろう。
たとえ彼女が意味のわからないことを言い出したって、なんだって聞こうとしてしまうから、彼女との恋は面白い。

「梓くんが見てる世界は、どうなんだろうなって思って」
「僕が見てる世界、ですか?」
うん、と先輩は僕に笑いかける。
やっとこっちを向いてくれた彼女は、僕の目をまっすぐ見つめた。
「同じ世界を見てみたいなって思ったの。梓くんから見えるいろいろなものが、私とは違く見えてるんだろうなって」
そう言った先輩は、照れくさそうにまた前を向いてしまう。

む。
残念。

あ、つい宮地先輩の口癖が。

「…ほぼ同じだと思いますけど」
「ほぼ?」
「見てみます?」
「え?」
僕は背筋を伸ばし、空に目を向けた。
「梓くん?」
「先輩、空は何色ですか?」
「…今日は快晴で、真っ青だよ」
「ああ、僕と一緒ですね」
「え?」
「じゃあ、宮地先輩は何をしてますか?」
今度は宮地先輩に視線を移す。
「えっと…犬飼くんと白鳥くんが騒いで、それを怒ってます」
「はい、僕と一緒です」
隣を見ると、不思議そうに僕を見る先輩がいた。

「わかりました?」
「…何が?」
「見えてるものは、ほぼ一緒だということです」
に、と笑うと、先輩は頬を膨らませた。
「こういうことじゃない気がするんだけどな」
「そうですか?」
「…ほぼって言葉も気になるし」
つん、とそっぽを向かれてしまった。
ひとつひとつの動作でさえ可愛いなんて、僕の先輩はどうかしている。
「もし先輩が僕の目になったとしたら、僕に見えないものができちゃうんです」
「見えないもの?」

先輩を見たいと思ったとき、僕はどうしたらいいんです?

「…あ、そっか」
ああ、納得してくれちゃうんですね、僕の可愛い先輩。
「じゃあ、目になりたいのは、やめる」
そんなあっさりした先輩も大好きです。
「でも、わかりますよ、先輩の気持ち」
「え?」

「僕のことが好きすぎて、僕とひとつになりたいって思ったってことですよね?」

腕がくっつくくらいまで近寄り、タオルで隠しながら手を繋いだ。
隣に座る先輩は、この上ないくらい顔を真っ赤にして、パクパクと金魚みたいに口を動かしている。
なんて可愛いんだろう、この人は。
「ひとつになる方法は、他にもありますよ。ね、先輩」
「あ、梓くん…?」
「僕の目になるんじゃなくて」




僕のものになってください。




(大胆ですね、先輩ってば)
(ち、違っ)
(そんな先輩も大好きです)
(ちが…)
(早くひとつになりたいですね、先輩)
(…違う)


end










「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -