ありがとう


「梓は物欲がないのだ!」

寒さもだいぶ強まってきたある日、翼がなかば怒ったように言った。

「何言ってるの。物欲くらいあるよ、人並みには」
「ない!」
「どうして翼が断言するんだよ…」
知らない、と口を尖らせてそっぽを向く翼は、こうしてアメリカへ来ても、高校の時からの子どもっぽさを纏っている。
でも本当は誰よりも繊細で、人を思いやれる人間だ。
だからこうして僕に怒っているのも、『誰か』のためだったりする。

「もしかして、先輩に何か頼まれたの?」
「な、何のことかわからないぬー」
「………」
そっぽを向き、口笛を吹く真似をする。
わかりやすい、と心の中で呟き、それでも「まぁいいや」とそれ以上の追求をやめた。


数日後に控えた僕の誕生日のために、先輩はきっと頭を悩ませてくれているんだろう。
行き詰まった末、僕の傍にいる翼に相談したに違いない。
そして翼なりにリサーチしようとした。
「…そんなところかな」
ここ何日か、いつもより付きまとってくると思ったら。

「そっか」
そう呟きながら、僕は自分の口元が緩んだのがわかった。
「ぬー?どうした梓?」
「なんでもないよ」
最近の先輩の様子が少しおかしかったのはそのせいかと思い至る。
僕といるときも、僕のことを考えてくれていたんだろうか。

「…早く帰ろう」

いつの間にか早足になっていることに気づいて、僕はまた少し笑った。




来る誕生日当日。
朝早くに僕の腕の中からするりと抜け出ていった先輩に気づかないふりをして、彼女のたてる物音に耳を澄ます。
極力音をたてないようにしているようだけど、時折鳴る大きな音のあとに訪れる静寂に先輩の焦ったような顔が思い浮かべられて、僕は思わず噴き出してしまった。
「はは、ダメだ。起きよう」
ぱっと起き上がり、洗面所へと静かに移動する。
顔を洗い、手櫛で髪を整えたあと、リビングにいるであろう先輩の元へ足を向けた。

「おはようございます、先輩」
「あ、お、おはよう、梓くん!ごめんね、起こしちゃった?」
「いえ。起きてましたから」
「えっ?」
「僕の腕から抜け出して、一体何をするつもりだったんです?」
首を傾げた先輩を再び腕の中に収め、彼女の顔を覗き込む。
いつもであれば僕の奥さんはこの間近な距離に頬を赤らめるのだが、今日ばかりは僕から目をそらし、少し悲しげな表情をして俯いていた。
「先輩?」
「…ごめんね、梓くん」
謝罪の言葉を口にしつつ、先輩は僕の服をきゅっと握る。
「何かあったんですか?」
「…ううん」
むしろ無いの、と先輩は泣きそうな声で言った。



「プレゼント、用意できなかったの」
ソファに座った僕の腕の中、膝の間に収められた先輩は、表情を暗くしたまま続ける。
「ずっと考えてて、翼くんにも相談したんだけど…梓くんが欲しいものって何なんだろうって考え始めちゃったら、どこにも辿り着かなくて…」
しゅんと落ち込む先輩を前に、僕は不謹慎にも緩む頬を隠せない。
そんな僕を不思議に思ったのか、「どうしたの?」と先輩は僕を見つめた。


プレゼントがない?

…そんな、


「…僕のこと、ずっと考えてたんですか?」
「え…」
「僕のために、僕のことばっかり、考えてくれてたってことですよね?」
「……」
「僕といるときも、今日の僕のことを考えてた」
「う、うん」


ねぇ、先輩。

そんな嬉しいことが、他にありますか?


ぎゅ、と抱きしめる腕に力を込め、先輩の頬に唇を落とす。
今度こそ彼女は顔を真っ赤にし、上目遣いで僕を見つめた。
「…大好きです、先輩」
自然と声になる言葉に、どうしようもなく胸が高鳴る。


僕といるときも、いないときも、今日の僕のために考えていてくれて。

それって僕、ものすごく愛されてませんか?


「形には残らなくても、プレゼントとしては有効です」
「え…?」
「先輩の、僕をいつも以上に想う気持ち」
きょとんとした表情の先輩をお姫様のように抱き上げ、向かい合うように視線の位置を合わせる。

今の僕の嬉しさが、瞳から伝わるように。

「僕、物欲がないように見えますか?」
「う、うん…?」
「でも、やっぱり人並みにはあるんですよ」
「…?」
首を傾げながら、先輩はおずおずと僕の首に腕を回す。
そんな彼女が愛しくて、こつんと額を合わせ、唇を奪った。

「だから、もっとください」

まだまだ欲しい。
あなたの想い。

時間をかけて。
これから先も、僕を想って。

「…いただきます、先輩の気持ち」
「梓くん…」
「あと、先輩『も』いただきます」
え、と呟く先輩の視線を無視し、寝室へと足を向ける。
「…あ、梓くん…!」
「今日は僕のお願いを聞いてもらいます。それがプレゼント、じゃダメですか?」
「う…」
耳に唇を寄せ、囁くように僕は言った。

きっと先輩はダメなんて言わない。
真っ赤な頬が、「どうぞ」って言ってる。

「…ね、先輩。いいでしょう?」
「あ、梓くん、ずるい」

ぱっと顔を隠した先輩の口から零れた了解の返事に、僕はまた、彼女の耳元で囁いた。




ありがとうございます

では、遠慮なく。



(…でも、やっぱり残る物も渡したいな)
(言っておきますけど、僕は先輩から貰えるものなら何でも嬉しいですよ?)
(うー…)
(あれ、困ってます?)
(そういうの、嬉しくて困っちゃう)
(…いつまでも可愛いな、僕の奥さんは)


end



梓誕生日おめでとう!


20111220







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