もう、何色でもいい


「僕色に染まればいいんです」

そう告白してから、季節は変わり、吐く息が白くなってきたある日。
いつもはふたりで歩く帰り道を、僕はひとりで歩いていた。


天文科2年生の教室を覗く。
今日は結構急いで来たつもりだったのに、また彼女はいなかった。
最近いつもこうだ。
迎えに行ってもほぼいない。
「なんだよ、お前」
この不機嫌を隠そうともしない声。
振り返るより先にため息が出た。
「七海先輩ですか…」
「何の用だよ」
「月子先輩を迎えに来たんです」
「あいつなら、チャイムと同時に出てったぞ」
「…そうですか」
「お前、避けられてんじゃねぇの?」
「………」

…七海先輩の言葉に揺れるわけじゃないけれど。

最近はメールだって減ったし、電話だって忙しいと言ってすぐ切られてしまう。
廊下で会う彼女は、僕を見つけると花のように可愛い笑顔を向けてくれるのに。

「…冷めるような愛し方はしてないんだけどな」

ぽつりと呟いた言葉と同時に、後頭部に軽い衝撃。
「…痛いです」
「あ、愛し方ってなんだよ!」
「ご想像にお任せします」

真っ赤な顔をした七海先輩から逃げるように、僕は走った。

避けられてるんだろうか。
あの可愛い笑顔を信じたい。
でもこうもすれ違うと、そう思ってしまう。

ひとりで歩く帰り道は、もう何日目だろう。
マフラーに顔をうずめて、いつもよりゆっくりと歩いた。

後ろから先輩が来ないかな。
どこかに先輩はいないかな。

こう思う僕は、彼女色に染められているんだと実感する。

僕色に染まればいいと思っていたのに。

いつの間にか、僕が。

「……さ」

「梓くん…っ!」

呟きかけた瞬間、後ろから聞こえた声。
それは、紛れもなく。

「…せん、ぱい」
「よかった…追いついて」
肩で息をしながら、にっこりと笑う先輩。
マフラーもせずに必死に走ってきてくれたのだと思うと、胸がきゅうと鳴いた。
「梓くん?」
気付けば先輩は僕の腕の中で、そのやわらかい髪に顔をうずめている僕がいた。
「…梓くん?」
「心変わりなんて、してませんよね?」
「えっ?」
「したんですか?」
「してな…っ。く、苦しいよ、梓くん」
「じゃあ、最近どうして」
「す、ストップ!」
口に手を当てられ、言葉が続けられなくなる。
どうして言わせてくれないんですか。
なのに、覗いた先輩の顔は、いつもの可愛い笑顔。

「ついてきて欲しいところがあるの」
そう言って僕の手を握ると、来た道を戻り始めた。

吐く息は白くて、頬に当たる空気は冷たい。
先輩に握られた手だけがあったかくて、一緒にいるんだと実感させてくれる。

着いた先は、生徒会室。
開かれた扉の先には、飾られた室内。
教室の真ん中に置かれたテーブルには。

「…ケーキ」

先輩に手を引かれ、ケーキの前まで導かれる。
「じ、実は手作りなの…」
「…え?」
「ちゃんと練習したし、今までで一番いい出来なんだよ!練習に、時間かかったけど…」
「最近、早く帰ってたのって」
「練習してたの」
「…電話とか、メールは」
「練習、もあったけど。梓くんと話してたら、思わず言っちゃいそうだったから」
ごめんなさい、と握った手は優しくて、笑顔だって可愛かった。
怒るなんて、僕はしない。

だから、さっき呟きかけた言葉は、言ってもいいですか?

「…さ」
「さ?」

「寂しかったみたい、です」

「え、ご、ごめんね…?」
「…いいえ。僕のため、だったんですもんね」
「…改めて、梓くん」
僕を見つめて、嬉しそうに笑う彼女。

「お誕生日、おめでとう」

「…ありがとうございます」

愛しい愛しい彼女を、僕はおもいっきり抱きしめた。

僕色ってなんだろう。
彼女の色だって、なんだって。

ふたり、同じ気持ちなら。




もう、何色でもいい。




(キスしましょう、先輩)
(えっ、なんでいきなり…っ)
(プレゼントです)
(ちゃんと用意してるもん…)
(じゃあ、僕を寂しいと思わせた罰で)
(…もう)


end



梓はどんな状況でも上位に立とうとすると思う。







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