光陰矢の如し


3年生組


「なぁ、花見しよーぜ」

と一樹はいきなり言った。

そのいきなり言ったことを実現させてしまう行動力が、彼が生徒会長を務めあげることができている所以だと思う。
「一樹、いいの?明日は入学式でしょ?」
「もう準備は終わってるし、明日の主役は俺じゃないからな」
「くひひ!とか言って、一樹はまた今年も独裁宣言するんだろ?」
「さぁ、どうかな」
ふと見せた笑顔は、言葉よりも明確に肯定しているようで。
桜士郎もそう思ったのか、にやりとした笑みを浮かべ、「わかりやすいやつだなぁ」と呟いた。

一際大きな桜の木の下に、3人で腰を下ろす。
ピンク色だった桜の花びらは、綺麗な夕焼け色に染まっていた。
「オレンジ色ってのも、また風情があるな」
そう一樹が言うと、すかさず桜士郎が桜に向かってカメラを構える。
だけど、シャッターが下ろされることはなく、桜士郎は静かにカメラを下ろした。
「どうした、桜士郎」
「撮らないの?」
「うーん」
今日はねぇ、と地面に落ちた桜の花びらを弄ぶ。
「カメラのレンズの中に閉じ込めるのは、ちょっと可哀想かなと思ってさ」
桜士郎のいつもと違う声色に、僕はそうだねとしか言えなかった。

僕らは、きっと気付いている。

入学式が行われるということは、僕らに2つ下の後輩が出来るということで、それは僕らが最高学年である3年生になるということだ。

出会いがあれば別れもあり、進むべき道を決めなければならない年。

好きなことばかりをしていられないことを、僕たちは知っている。

「あと1年か」
呟いた一樹の方を見れば、視線は真っ直ぐに空を見ていた。
桜ではなく、無限に広がる夕焼け空を。

「…きっと、この1年は短い」

静かに、一樹は言った。

「“光陰矢の如し”ってな」
「弓道部だけにね」
「うるせぇぞ桜士郎!せっかくしんみりしてたのに…!」
「一樹にしんみりは似合わないしー」
「おーおーお前にもだけどな!」
「…ふふ。2人は相変わらずだなぁ」
思わず笑うと、2人も吹き出すように笑う。

この2人とこうして肩を並べて桜を見上げているなんて、なんだか不思議だ。
かけがえのない出会い。
僕はすでに、これまでの2年間でしてしまった。

あと、1年。
そう言葉にしてしまえば、寂しくないわけじゃない。

だけど、今は。

「予感がする」

一樹じゃないけど、と僕は笑う。
「…いきなりどうした、誉」
「予感ってなんの?」
「…うん」

きっと、一生忘れることのできない年になる。

「僕は、そう思うよ」
「誉がそう思うんなら、そうなるんじゃないか」
「一樹が言うと胡散臭いけど、誉ちゃんが言うとそんな気がするよねぇ」
「それをお前が言うのか…?」
「俺は言うよ。なんでも言う。だって第三者だし」
君たちメインとは違うのよ、となぜか楽しそうに桜士郎が笑えば、一樹も仕方ないなと言うかのように笑った。

桜を見上げて、微笑む。
凛として咲く姿は美しく、散っていく姿は儚げで、まるで彼女のようだと思った。

僕はこの1年で、何かを残せるだろうか。

願わくば、彼女の中に残せますように。

「…お前なら出来るさ」

そう呟く一樹の言葉を心に刻み、僕は目を閉じた。



これは、弓道部と生徒会に新しい風が吹き込む前の、入学式を明日に控えた日のお話。




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -