私の彼は食欲旺盛です


…また、見られてる。

彼の視線を辿ると、私の口元。

まさに頬張っているハンバーガーに注がれていた。


「…康人くん」
「あっ、な、何?」
「食べる?」
食べかけだけど、と持っていたものを差し出すと、康人くんは顔を真っ赤にしてそれを受け取った。
あ、そんなに食べたかったんだ、と微笑む。
「もう食べない?」
「うん。それ、全部食べてもらっていい?」
「いいよ。やっぱり、ひめは胃袋小さいね」
「…普通だと思うんだけどな」
「もしかして、俺が普通じゃない?」
「…そう、かも?」
「えー!」
ふふ、と笑うと、康人くんも笑ってくれる。
そうしてひとしきり笑ったあと、康人くんは手に持っていたハンバーガーにパクリとかぶりついた。
とっても、美味しそうに。

だけど気付けば、視線は私の口元で。

「…イチャイチャしてんな」
「えっ?」
背後からの聞き覚えのある声に、同時に振り返る。
「あ、はへ!」
「ヤス、お前は口に物入れながら喋んな!」
「う、ほへん…」
ぐ、と口の中にあったものを飲み込み、トレイを片手に立つ健人くんを見上げた。
「タケ、どうしたの?」
「部活の練習の帰り。腹減ったからって、何人かで食いに来た」
健人くんが視線を向けた先に、代官山高校の制服を着た男子生徒たちが、チラチラとこっちを窺ってるのが見える。
「ヤスが女といるから、あいつらびっくりしてやんの」
「そんなにびっくりすること?」
「まぁ、今までのお前を見てりゃ、びっくりすんじゃん?」
なぁ、と私に視線を向ける健人くん。
どうかな、と私は曖昧に笑って首をかしげた。
「あと、たぶん嫉妬」
「嫉妬?」
「そ。ほら、ひめって可愛いし」
「えっ」
「口元につけちゃってるケチャップとかな」
に、と意地悪そうに笑われ、私は急いで紙ナプキンで口元を拭う。

そっか、康人くんはきっとこれを見てたんだ。
お、教えてくれてもいいのに…

むぅ、と頬を膨らませ、ぽすんと康人くんの腕を叩いた。
「え、何?」
「き、気付いてたでしょ」
「何を?」
「何をって…ケチャップ」
「え…」
「ずっと、私の口元見てたじゃない」
すると、康人くんの顔が真っ赤に染まる。
健人くんもいぶかしげに康人くんを見ていた。
「ヤス?」
「ば、バレてた…」
「へ?」
片手で口元を隠し、チラリと私に視線を向ける康人くん。
真っ赤な顔で、ぽつりと呟く。

「唇、美味しそうだなって…」

見てたんだ、と続ける康人くんに、健人くんが凍りついた(ように見えた)。
私も康人くんに負けないくらいに顔が真っ赤になったと思う。
3人の中に沈黙が走るなか、それを破ったのは健人くんの舌打ちだった。
「…言ってろ、バカ」
「あでっ!」
ばこ、とものすごい音をたてて繰り出されたデコピンに、康人くんはオデコを押さえてうずくまる。
「ひめも大変だな、こんな天然」
「あ、あはは…」
「まぁ、なんだ…その」
言わせんなよな、と呟き、健人くんは康人くんのつむじにこぶしをグリグリと押しつけた。
「いててて」
「そういうのは、2人きりのときに言ったりすんだよ」
「う、うん…痛い…」
「ムードのない場所で、あんま欲情すんな」
「は、はい…」
康人くんの必死の返答に、よし、と健人くんは頷く。
「じゃあな」
「うん…」
「…隣の真っ赤な顔したそいつ、どうにかしろよ」
「あ、ひめ!」

…私、限界でした。
男の子、すごい。
美味しそうって。
欲情って。

康人くんは天然で、でもやっぱり男の子だった。

健人くんが去り、再び沈黙が訪れる。
すると、康人くんが残っていたハンバーガーを一口で食べてしまった。
「康人くん…?」
「行こ!」
「えっ」
私の手を取って、すっと立ち上がる。
慣れたように片手でトレイを片付け、足早にお店を出た。

前を歩く彼が振り返る。
いつもと違う、男の子の顔。

少し不安になる。

「美味しそうだから、食べてもいい?」

なんて、言った。

さっきの健人くんのアドバイス、全然覚えてないみたい。

でも、真っ赤な顔はやっぱりいつもの康人くんで。

なんだか嬉しくなって、私は小さく頷いた。




私の彼は食欲旺盛です。




(康人先輩、すごい勢いで引っ張っていきましたね)
(ありゃー俺が言ったこともう忘れてんな)
(何言ったんすか?)
(別に…成瀬もあんなバカップルにはなんなよ)
(…あの彼女だったらなるかも)
(…お前、結構な腹黒だよな)


end



康人は食いしん坊!
ヒロインすら食べ物に見える。

…わけないですよね。






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