これが愛か、と


ある日の練習風景。
コートの脇にひめがいた。
視線の先は、俺じゃなくて。
『成瀬くーん!』
『ひめさん!』
俺には目もくれず、微笑みあう2人。
え、なんだコレ。
お前、いつの間に。
俺の彼女じゃねーのかよ。
『神崎!危ない!』
『へ?』
直後、後頭部に走った衝撃に、俺の意識は、


「…いってぇ」

現実に戻されたのだった。

ぼんやりとした意識の中で、今の状況を必死に思い出す。
見る限り、ここは学校のグラウンドではなく俺の部屋。
「……夢…」
いやにリアルだった映像に、思わず後頭部を押さえる。
ちくしょう、痛い。
「…痛い?」
夢の中でなく、実際に何かがぶつかったのか。
いまだにスッキリしない意識のまま後ろを振り返ると。
「………っ」

額を押さえてうずくまっている俺の彼女がいた。

「お、おい…?」
「…痛い」
「ああ…」
ひめの頭がぶつかってきたのかと理解し、痛がる額を優しく撫でる。
見上げてくる瞳は潤んでいて、なんだか誘われてるみたいだ。
…そんな気ないんだろーけど。
「大丈夫か?」
「うん…」
しばらく撫でたままでいると、不意にひめの手が俺の後頭部に伸ばされた。
「ん?」
「…健人くん、痛い?」
「……ん…」
ふわふわと優しく撫でるひめの手に、妙に胸が疼く。

このまま抱きしめて、閉じこめて、何もかも奪いたい。

そう思うのはきっと、さっき見た夢のせいだ。

「…ぶつかったこと忘れてた」
「ふふ。“いってぇ”って言ってたのに」
「お前のが痛そーだからだろ」
前髪をかきわけて、額にキス。
真っ赤になったひめを、俺は堪らず抱きしめた。
「た、健人くん…?」
「…わり。ちょっとだけ」
「甘えたい日?」
「んー」
あんな夢を見たから、思いがけず不安になったとか。
…絶対言わねー。
「…触りたいだけ」
「ふーん?」
「んだよ」
「ふふ、なんでもない」
稀に見るひめの余裕な顔がなんだか癪にさわって、もぞもぞと胸に顔を埋めた。
「た、健人くん…っ?」
「じっとしてろよ」
「ちょ、そこで喋らないで…!」
抵抗してくるのも気にせず、さっきより強く抱きしめる。

ひめの言った通り、俺は甘えたいんだと思う。
いくら自分に自信があるって言ったって、それはまったく不安にならないってことじゃない。

こんな俺は、きっとカッコ悪いんだろーな。

…なおさら、言えねーよ。

ふわふわ。
「…?」
ワックスの取れた髪に、小さな手の優しい感触。
撫でるように、包むように。
顔を上げれば、愛しい微笑み。
「ひめ?」
「…やな夢、みた?」
「……え」
「ほんとはね、健人くん、うなされてたんだよ」
ひめの撫でる手が、ふわりと俺の頬を包む。
「起こそうと思って、頭突きしちゃいました」
「わざとだったのかよ…」
寝返った拍子にぶつかったんだと思ってたのに。
俺の彼女はずいぶん思いきった性格みたいだ。

「…健人くん?」
「………」
「健人くーん」
何も言わずにぎゅっと抱きしめると、ひめも何も言わずに抱きしめ返してくれた。
ふわふわと頭を撫でられ、さっきまで騒いでいた胸が落ち着いていく。

カッコ悪いって思うくせに、今はただ甘えていたい。
らしくないってわかってるけど、安心する。
「健人くん」
「………」

「…大好き」

ちゅ、とおでこに可愛らしい唇を押しあて、もう一度俺をぎゅっと抱きしめる。
されるがまま、俺はひめの胸に顔を埋めた。
こういう可愛い不意打ちをして、どろどろに甘やかしてくれるひめが好きだと、どうしようもなく思う。


どんな健人くんでも、ね。


囁かれた言葉に動けなくなる。

「……」
嬉しくて、なんだか目頭が熱くなった。
泣いたりなんてしないけど、今は誰にも顔を見られたくないとは思う。
「…可愛すぎて、ムカつく」
そう呟くと、クスクスと笑う声と共に、また抱きしめられる力が強くなった。


あんな夢、もういいや。

そう思えるくらい、今がなんだか満たされていて。

ガラにもなく、悟ってみた。




これが愛か、と。




(今日って帰んの?)
(…当たり前のことを聞かないでください)
(ヤダ)
(ヤダじゃありません!)
(…寂しーこと言うなよ)
(…今日のオレ様、可愛い…)


end



健人くん!

イケメンって
どう書けばいいんだ!

20100930






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