可愛いって、言って


可愛いって言われるのは好きじゃない。
どうせ言われるなら、かっこいいって言われたいよ。

四葉荘に住めると決まったときだって、「イケメンしか住めない」なんて噂があったから、ものすごく嬉しかった。
(実際に住んでみたら管理人さんの和人さんまで含めてみんなかっこよかった)
でも、入学式でたまたま出会った女の子が四葉荘に住むと聞いたときは、ああ、やっぱり噂は噂なんだとちょっとがっかりしたのを覚えてる。
だけど、今となっては彼女がこの四葉荘に住んでくれて感謝さえしていた。

なんでって。

彼女は今、僕の可愛い恋人だから。

「行ってきます」
玄関から聞こえる彼女の声。
焦った僕は、残っていたトーストを無理やり口へ詰め込み、荷物を手に玄関へ走った。
「ぼふもひふ!」
「翔ちゃん」
待ったをするように手のひらを彼女に見せ、もう片方の手で口を押さえてもぐもぐと咀嚼する。
僕も行く、と言いたかったんだけど。
ああ、かっこつかないなぁ。
「でも、今日は翔ちゃん1限ない日だよね?」
聞き取れたみたい。
こういうとき、嬉しい。
「…っ、でも、行く」
まさか、「少しでも一緒にいたいから」なんて言えない。
ただでさえ同じ屋根の下で一緒に暮らしてるのに(もちろんふたりじゃないけど)、もっと一緒にいたいだなんて、なんだか甘えんぼみたいに思われそうだから。
君の前では、かっこいい僕でいたいのに。
「ついてるよ、翔ちゃん」
ふふ、と笑って、僕の頬に手を伸ばす。
「えっ」
「食べるの、急ぎすぎ」
彼女の手にはパンくず。
もしかしなくても、僕の頬についていたもの。

嫌な予感がする。
彼女は僕の大好きな笑顔を浮かべているのに。

「可愛いなぁ、翔ちゃんは」

ああ、複雑。


「…なに、落ち込んでるんだ?」
座るなり机に突っ伏した僕の前の席から、大輔の声がした。
「ああ…おはよう大輔」
「…はよ」
「…大輔は…いいなぁ」
「?なんだよ、いきなり」
「なんでもない…」
切れ長の目をした、まるで可愛いという言葉とは縁遠いところにいる友人を見て、僕はまた落ち込んだ。
大輔は誰が見てもかっこいいと思う。
きっと彼女だってそう思ってる。
そんな大輔に想われていた彼女は、僕がいなければ彼と付き合っていた、のかもしれない。

あああ…今日はダメだ。
落ちるところまで落ちそう。

どうして彼女は、僕を好きになってくれたんだろう。

結局、僕はひとりで帰ってきてしまった。
四葉荘に帰ってきてからも、なんだか何もする気が起きなくて、部屋に閉じ籠っていた。
彼女からのメールにも返信できず、布団にくるまって寝たフリ。

だから、ノックの音なんて、聞こえなかった。

「…翔ちゃん?大丈夫?」
「…ひめ、ちゃん?」
僕を心配するような声。

今は、顔を見れない。
心配させてるって、わかってる。
けど今、君を見たら。

「…どうして、僕なの」
「え?」
「やっぱり、おかしいよ…大輔の方が明らかにかっこいいし、僕なんて頼りなくてかっこわるいし…なんで僕なんだよ…」

ぐちぐちとかっこわるい。
なんだか涙まで出てきそうだ。
もう、こんな僕はフラれちゃうよね。

「翔ちゃん!」

強い力で布団を剥がされ、丸まった僕が彼女の前に晒される。
「翔ちゃんが、翔ちゃんだったから!だから私は、翔ちゃんを好きになったの!」
初めて聞く彼女の怒声。
振り返った僕の目に映ったのは、潤んだ瞳。
「…可愛いは…誤魔化してる、の…」
「ひめちゃん…?」
「ドキドキ、しちゃうから…かっこいい翔ちゃんに…」

かっこいい?
僕が?

「…ごめんね。翔ちゃんがそんなに気にしてるなんて…思ってなくて…」

こんな僕を。
ぐずぐずした僕を。
君は。

「…翔ちゃんは、かっこいいよ」

かっこいいと。

言ってくれるの?

「だから、ね」
僕の正面に座り、つい、と僕の頬を拭う。
「泣かないで」
「え…」
泣きそうだとは思っていたけど、本当に泣いていたみたいだ。
かっこわるい、僕。
仕方ないなぁ、と言って、彼女は僕を抱きしめた。

「背伸びしてない、朝ごはんを一気に食べて追いかけてくれる翔ちゃんが大好き」
「…うん」

どうせなら、かっこいいって言われたい。

でも、君だけは。




可愛いって、言って。




(脳内変換機能を使おう)
(ん?なんで?)
(ひめちゃんが可愛いって言ったときは、かっこいいって言ってるって思えばいいんだよね)
(…翔ちゃん、可愛い)
(その顔…変換、できないんだけど)


end



翔ちゃんはヘタレ。






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -