クセになる


「…いた」

アトリエで課題をやっていると、すぐ後ろから声がした。
「あ、菊原さん」
「課題中?」
「ちょうど休憩しようと思ってたところです」
「そう。ならよかった」
イスを持ってきて、私の隣に腰をおろす。

付き合うことになってから、菊原さんはよく私の隣にいてくれるようになった。
何も話さないことの方が多いけど、傍にいてくれるだけで私は嬉しくなる。
一緒に過ごす優しい時間が、私は好きだ。


「何を食べてるの?」
「あ、たまごボーロです」
「…子どもが食べるものじゃないのか」
「大人だって食べますよぅ」
「ふぅん…美味しい?」
「はい、とっても!」
私が食べる様子をじっと見ていた菊原さんは、しばらく考えるようにしたあと、私に向かって小さく口を開いた。
「はい」
「…なんでしょう?」
「いや…そんなに美味しいなら食べてみたいな、と思って」
そう言って、また私に向かって小さく口を開く。
どうやら「食べさせて」のサインだったらしい。
甘えたような菊原さんがなんだか可愛くて、ふふ、と笑いながら一粒彼の口元に持っていった。

すると、手首を掴んだかと思うと、たまごボーロを口に含み、そのまま私の指に口付けた。
「き、菊原さん…!」
「ん?」
「ゆ、指に…っ」
「ああ、悪い。つい」
しれっと答え、パッと掴んでいた手首を離す。
真っ赤になってしまった私を他所に、口に入れたものを味わうように目を閉じた。
「…ん」
「美味しいですか?」
「…甘い、けど」
「けど?」
「すぐ溶けた」
ぱっと目を開け、私を見つめる。
吸い込まれそうな瞳に、私はたまごボーロを取る手を止めた。

たまごボーロが好き。

甘いのに。

すぐ溶けて、いなくなって。

でも、後味が残るの。

甘い香りを残して。

また、食べたくなる。

いなくなったら寂しくて。

傍にいたら安心して。

それは、まるで。

「キミみたいだ」
「…へ?」
「甘いくせにすぐにいなくなる」
ふに、と私の頬をつまんで、顔が向かい合う形になる。
優しい笑顔が、私を待ち受けていた。
「甘い香りを残して」
「菊原さん…」

「…傍に、いたくなる」

「ん…」
唇にやわらかい感触。
想像していた以上にやわらかい彼の唇が、奪うような口付けを私に与えた。
呼吸すらままならないキスに、溺れてしまいそうになる。

ちゅ、と音をたてて離された唇。
体の奥が熱くなるようなキスに、私の頭の中は真っ白になりかけていた。
目の前にいる菊原さんを、ただ見つめ返すことしかできない。
「…エロい顔」
「…っ」
それはあなたです、と言い返したいのに、声が出てこなかった。
もう一度、ちゅ、と触れるだけのキスをして、私から離れていく。
思わず私は彼のシャツを掴んだ。
「…なに?」
「……」
「ピアノを弾くだけだよ」
ふ、と優しく微笑み、私の頭を撫でる。
そして、彼はピアノへと向かって歩いていった。

ほら、また。

甘い香りを残して。

すぐにいなくなる。

また欲しくなる。

それは、まるで。

私の好きなたまごボーロ。

「…ああ」
ピアノに向かい合った菊原さんは、ふと鍵盤に置こうとした手を止め、私に視線を向けた。

それは、とても。

あなたとの、キスのように。

「それ、やっぱり」




クセになる。




(ちーちゃん、何食べてるの?)
(…別に)
(それ、子どもが食べるものじゃないの?)
(大人だって食べるだろう)
(…一粒ずつ食べてるのって、意外とエロいよね)
(……お前もそう思うのか)


end



千尋さん難しいよ千尋さん。
たまごボーロなんて捏造です。






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