あなたから




我ながら、回りくどいことをしてると思う。



完璧な夕食。
腕によりをかけて作った品々に、佐伯さんの表情は嬉しそうに緩んでる。
いつものカッコつけた佐伯さんには呆れつつもドキドキしちゃうんだけど、今の佐伯さんにはきゅんとしてしまう。
それくらい可愛い。

外では見せないふやけた彼を知っているのは、私だけだって思いたい。

ハニーハニーと呼んでくれていても、時々見かけるテレビや雑誌の向こうにいる佐伯さんに、不安を感じることだってある。

だから私は、たまに、彼に誘いをかけるのだ。

「今日のご飯も美味しかったよ、ハニー」
「よかった。今日はデザートもあるんですよ!」
「おお!それはぜひとも食べたい!」
「ふふ。はい、どうぞ」

きらきらと瞳を輝かせた佐伯さんの前に、お手製のプリンを置く。
スプーンを差し出すと、さっきまでの佐伯さんはどこへやら、肩を落としつつ私を見上げた。

「デザートってこれ?」
「…そうですけど」
「デザートは私、みたいな展開じゃないの?」
「違うみたいですね」

えー、と不満げな声を上げるも、プリンをスプーンで掬う頃にはもう嬉しそうな顔をしている。


気付いてほしい。
気付かないでほしい。
相反する気持ちを持ちながら、私は彼を見つめた。


ひとくち、ふたくちと口に運んでも、佐伯さんは笑顔を絶やさない。
おかしいなと思った私は、そっと佐伯さんの手元を覗き込んだ。

「あ…」
「ん?どうしたの、ハニー」
「いえ、あの…そのプリン…」
「うん、すごく美味しいよ!ハニーはスイーツまでも上手に作れてしまうんだね」
「そ、そうじゃなくて…底まで刺してみてください」
「底まで?」

つぷんと埋められたスプーンによって湧き出てきたのは、茶褐色のカラメルソース。
表面だけを食べていた佐伯さんは、いっそうきらきらとした笑顔を浮かべ、カラメルと共にプリンを口に含んだ。


さぁ、あなたは気付いてくれますか?


その後の佐伯さんの表情を見ないように、「洗い物しなきゃ…」なんて下手な芝居を打ってキッチンへと逃げ込んだ。
水を流しながらリビングの方に神経を集中させる。
さっきまで美味しい美味しいと弾んだ声を上げていたのに、今は無言だ。
たまに小さくカツンとスプーンが器の底に当たったときの音がするだけで、佐伯さんの声は聞こえない。


しばらくすると、空っぽの器とスプーンを持った佐伯さんが、キッチンに顔を出した。

その顔に、満面の笑みを貼り付けて。

「ハニー」
「…はい」
「これ、ごちそうさま。美味しかった」

嬉しそうに頬を緩めながら、ゆっくりと近付いてくる。
私の背後から手を伸ばし、器を流しに置いて、何も洗っていない泡だらけの私の手を優しくすすいでくれた。

「…嘘、です」
「嘘?なにが?」
「美味しくなかったでしょう?」
「そんなことないよ。ハニーの気持ちが詰まってたじゃない」

優しいながらも、どこか艶めかしい指の動きで私を翻弄する。
耳元で囁くように話す佐伯さんの声は、どこか笑いを含んでいるように聞こえた。

流れる水を止め、向かい合うように私を振り向かせ、私の手をタオルで丁寧に拭いていく。
佐伯さんは微笑んだまま、その指先に唇を押しつけた。


「口よりも、手の方が正直みたいだね?」


エプロンを付けたまま、その場で抱き上げられる。
抵抗する気なんか最初からなかった私は、素直に佐伯さんの首に腕を回した。







佐伯さん、いつも言うじゃないですか。

『ハニーの唇は甘いね』って。
『なんでハニーとのキスは甘いんだろうね』って。

だから、デザートじゃなくて。



「だからって、あんなに苦くしなくてもいいじゃない?」

美味しかったけど、とふにふにと私の頬をつつきながら、佐伯さんは笑った。

私はというと、さっきまでの行為と、自分の企みが改めて考えるととてつもなく恥ずかしいものだったということで、佐伯さんと目を合わせられないまま、頬をされるがままにいじられてる状態である。

「まさか、ハニーに誘われるなんて」
「もう言わないでください…」
「口直し以上に、俺にとっては遅れて来たメインディッシュだったよ」

ちらりと佐伯さんに視線を移すと、テレビや雑誌の中でするような澄ました顔の彼はいなかった。

とろけるように甘い微笑み。
私にしか見せないであろう、特別な顔。

恥ずかしい企みも、成功は成功だったみたいだ。

「これで1ヶ月は平和だと思います…」
「えー、この美味しいイベントが1ヶ月に1回しかないのー?」

私をギュッと抱きしめ、頬に耳にとキスを落とす。
わざと音をたてるように口づけ、私の反応を見て楽しんでいるらしく、笑みが漏れていた。

「毎日でもいいなぁ。ハニーのこんな可愛い誘惑なら、毎日されたい」
「だ、だめです」
「えー」

そんな殺生な、と妙に芝居がかった落ち込み方に、私は思わず笑ってしまう。




「…佐伯さん」
「ん?」

内緒話をするかのように手を口元に添え、優しく微笑む佐伯さんに近付いていく。
耳を傾け、私の言葉を待ってくれている彼に、どうしようもない愛しさを感じて。

「──────」

勇気を出して本音を言えば、佐伯さんは今日一番のだらしなくも幸せそうな顔で笑った。




あなたから、

してくれたら、いつでも。






(ね、ハニー。もう1回しよ?)
(…執筆のお時間です)
(大丈夫だよ。いつもより早く夕食終わったでしょ)
(う…)
(誘惑、してるんだけど?)
(そのギャップ、反則です…!)



end



20120730







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