3月5日


『…嬉しそうだな』


苦笑混じりに呟いた俺に、彼女は眩しいくらいに幸せそうな笑顔を向けた。





今日の彼女は、なんとなく、どこかいつもより浮かれている、というか。
落ち着きがないし、きょろきょろと常に視線を彷徨わせている。
どうかしたのかと聞けば、「え、何がですか?」と下手な演技で誤魔化される始末。

久しぶりの休みに、2人揃ってスーパーで買い物。
何か特別なことがあったろうかと、俺は密かに首を傾げていた。



スーパーを出ると、「ちょっと遠回りして帰りましょう!」と半ば強引に俺の手を引いていく。
その意図がわからず、俺はされるがまま、彼女の1歩後をついて歩いた。

「どこに行くんだ?」
「た、ただの遠回りですよ?」
「…そうか」

また下手な演技を、と内心思ったが、黙って連れていかれることにする。
右手には荷物、左手には彼女のぬくもりがあり、自然と緩む口元が隠せない。
あと少しだけ、彼女が振り返らないよう、こっそりと祈った。


こんな穏やかな日を送れるようになるだなんて、あの頃の俺には想像もできなかっただろう。

諦めていた。

こんな幸せも。

生きることさえも。


そんな俺に、彼女は。


「あの、ちょっと待っててください!」
「ん?」
「すぐですから!」
急に立ち止まったかと思えば、ぱっと俺の手を離し、小走りで駆けていってしまった。
突然なくなったぬくもりを少し寂しく思いながら、彼女の行く先を見守る。

彼女が向かった先は、ケーキ屋だった。

「お待たせしました!」
本当にすぐに戻ってきた彼女の手には、さっきまでは持ってなかった白い箱がぶら下がっている。
「………」
「…後藤さん?」
「それは、何だ?」
馬鹿な質問だと思う。
ケーキ屋から出てきたんだから、きっとケーキだ。
ただ、少し、箱が大きいような気がする。

まるで、ホールケーキが入ってるような。

「…今日が何の日か、わかってますか?」
「?俺の誕生日だな」
「わかってるじゃないですか、もう!」
帰りましょう、と再び俺の手を取り、彼女は歩き出す。
ケーキを持つ手は、必要以上に揺らさないよう緊張しているように見えた。


浮かれていたのも、落ち着かなかったのも。

あの下手な演技も。


「…今日のせい、だったのか」


ぽつりと呟き、彼女の手を握る手にぎゅっと力を込める。
不思議そうに見上げてくる彼女に小さく笑みを返すと、嬉しそうに頬を緩めた。

「美味しいご飯、作りますから!」
「アンタの飯はいつでも美味いけどな」
「本当ですか?でも、今日は特別ですよ」
「……特別」

どこか不思議な気持ちで、彼女の言葉を繰り返す。

「後藤さんが生まれてきてくれた日が、特別じゃないわけがないですから」

「………そうか」


…アンタは、まだ、俺に何かをくれようっていうのか。


死に場所を求めていた俺に、生きる場所を。

この手に幸せをくれたのに。


「…俺は、アンタにもらってばっかりだな」
「?まだ何もしてないですよ?」
「……そんなことねぇよ」
繋いでいた手の指を絡め、解けないようにぎゅっと握る。
それだけで赤く染まる彼女の頬に、俺は堪らずキスを。


…しかけて、寸でのところで踏み留まる。
「…早く帰るぞ」
「え、は、はい!」
何が起ころうとしていたのかを理解できていないのか、首を傾げつつもケーキを気にして歩く彼女に、自然と笑みが零れて。

幸せだと。

心が震えた。




「…何か手伝うか?」
「いえ!今日は私に任せてください!」
「毎回、任せてる気がするけどな」
小さなガッツポーズは、今回の料理にかける意気込みを表しているようだった。
「期待してる」
「はい、頑張ります!」

…気合いを入れすぎな気がしなくもない。
でもまぁ、それもまた、仕方ないんだろう。


今日は特別な日、らしいから。


「…嬉しそうだな」


苦笑混じりに呟いた俺に、彼女は眩しいくらいに幸せそうな笑顔を向けた。




3月5日

“HAPPY BIRTHDAY to Seiji Goto!!”




(来年はケーキも作ってみようかな…)
(もう来年の話か?)
(あ…き、気が早いですよね…)
(いや、嬉しい。来年も祝ってくれ)
(はい!…あ、昴さんにケーキの作り方を教わってもいいですか?)
(…最近のあいつは自分で作るとか言い出しかねないから、それだけはやめてくれ)


end


後藤さん誕生日おめでとう!


20120305






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