優しい薬
「…だるい、かも」
そう口にしたら、さっきよりも身体が重くなったような気がした。
意識が醒めても、身体が重くて起き上がれない。
呟いた声は掠れていて、呼吸をするだけで喉に微かな痛みが走る。
ずばり、風邪だった。
「…そんなぁ…」
今日は久しぶりに拓斗さんと出掛ける日だったのに。
熱をわざわざ計らなくても、平熱をゆうに超していることが自分でもわかる。
今は立ち上がることも無理だと観念した私は、仕方なくメールで拓斗さんに今日は具合が悪くて出掛けられないと伝えた。
「………」
はずなのに、返事はない。
久しぶりのデートがダメになっていじけてるのか、もしくはまだ寝てるのか。
後者だろうなぁ、なんて思わず口をついて出た言葉も掠れていて、これは相当本格的な風邪かもしれないとため息が零れる。
とりあえず寝てしまおうと瞼を閉じれば、私の意識はすぐに深くまで堕ちていった。
頬に触れた冷たい感触が気持ち良くて、私はぼんやりと目を醒ます。
身体のだるさは抜けてないものの、呼吸はだいぶ楽になっていた。
「…ひめ」
どこからか聞き慣れた声が聞こえてくる。
いつもはもっとぶっきらぼうな口調なのに、聞こえた声は私の頬に触れているものと同じくらい優しげだ。
「…拓斗さん…?」
幻覚を見てるのかもしれない、なんて思ったのは一瞬のこと。
「起きたか!」
覗き込んできた拓斗さんの心配そうな表情に、私は思わず息を飲む。
どうして、と呟いた声は、拓斗さんの大きなため息によってかき消された。
「…びびった」
「え…」
「メールの返事もねーし、電話も出ねーし」
枕元に置いておいた私の携帯を開けば、着信とメールの受信があったことを知らせている。
もしかして、心配して、来てくれたのかな。
昨日までお仕事で忙しいって言ってたのに。
わざわざうちまで来させちゃって…
風邪なんて、ひいちゃって…
「…ごめんなさい」
「………」
「せっかく…お休みだったのに…っ」
じわりと視界が滲むのがわかった。
ぼろりと零れた涙に拓斗さんは目を見開く。
「は?な、なんで泣いて…」
次々と零れる涙を拭いながら、さっきよりも心配そうな表情で私の顔を覗き込んだ拓斗さん。
今まで見たこともない様子の拓斗さんに、私は涙を流しながら思わず笑ってしまう。
「…なに笑ってんだよ」
「拓斗さんが、焦ってる」
「うるせー。悪いか」
「…うれしい」
「情緒不安定」
さらりと私の前髪を撫で、少しだけ目を細めた。
「…いーんだよ」
ぽつりと呟き、ベッドの端にぽすんと顔を乗せる。
拓斗さんと向き合うように、私は身体ごと横を向いた。
「………」
…優しい目。
見つめられるだけで、恥ずかしいけど、安心する。
「…会えれば、なんでもいーし」
「………」
「つーか、見舞いに来いくらい言え」
「………」
「会いたいって、もっと思え」
「………っ」
ああ、私、すごく愛されてるかもしれない。
引っ込んだはずの涙がまた溢れだし、枕を濡らす。
そんな私の頭を、拓斗さんは優しく撫でてくれた。
「やっぱ情緒不安定」
「…ごめんなさい」
「ん」
しばらく頭を撫でられたままでいると、ふわ、と拓斗さんが欠伸をする。
やっぱり疲れてるんだ、と申し訳ない気持ちになっていると、くしゃっと頭を撫でられた。
「眠いから、寝かせろ」
「え?」
「お前、もうちょっと向こう寄れ」
「い、いや…!風邪伝染っちゃいますし…」
私の反論なんて聞かないまま布団を捲りあげて、ずんずんと中に侵入してくる。
「…ほら」
腕枕用の腕と、抱きしめるように私の腰に回された手。
いつもと同じ体勢に、優しさに、やっぱり私はまた泣いてしまいそうになる。
「…お前が弱ってるの見ると、なんか…思い出す」
「思い出す?」
「研究所で感染したとき」
「………」
「…マジ、勘弁」
少しだけ悲しそうに言い、私の額にキスを落とした。
「…早く治せ」
ぎゅっと私を抱きしめる腕に力を込め、おやすみと呟いて目を閉じてしまう。
眠りに落ちるのは一瞬で、聞こえるのは静かな寝息。
腕の力は、抜けない。
それだけのことに、ぽろりと涙が零れた。
「…あったかい」
拓斗さんのぬくもりも。
拓斗さんの、言葉も。
あなたの、すべてが、
優しい薬。
(見事に伝染りましたね)
(寒い、だるい。死ぬ)
(…添い寝しましょうか?)
(………ん)
(風邪ひいてるうちは何もしちゃダメですよ)
(…ぜってー治す)
end
風邪ひくとなんでか心細くなります。
たっくん!
やっぱり好きだよ!
流輝ルートのたっくんに心奪われる。
20120304