今は、まだ
首相官邸の玄関前。
そこが僕の今の定位置。
いつかは桂木班の皆さんのような立派なSPになりたいと思っている僕にとって、立場的には違うけど、距離的に言えば彼らに少し近いこの場所にいられることは、きっと幸運なんだろう。
僕もいつかは彼らのようなSPになって、誰かを守れたらいい。
そして、出来ることなら、彼女を───
「こんにちは、真壁さん」
「わ───!!」
「えっ!そ、そんなにびっくりさせちゃいました?」
「い、いえ!お、驚いてすみません…!」
たった今考えていた人がまさか目の前に現れるとは思わなくて、とは言えず勢いよく頭を下げると、クスクスと笑う可愛い声が聞こえてきた。
「……」
顔を上げ、彼女の笑顔を見つめる。
いつだったか、「あの笑顔を守ってあげたいんだよねぇ」と言っていたそらさんの言葉に、僕は今もう一度同意した。
もちろん、心の中で。
泣いてほしくない。
彼女には笑っていてほしい。
彼女を悲しい気持ちにさせたり、苦しめたりするものからも、守りたい。
「…気持ちだけなら、SPになれるのに」
「え?」
「い、いえ!なんでもないです!」
なんて調子のいいことを呟いてしまったんだ、と自分の発言に後悔しつつ、誤魔化すように持っていた箒で足元を掃く。
やっぱり僕は、まだこうして官邸の玄関前を掃除しているのがお似合いだ。
自分でもまだまだなんだってことを、落ち込むほどによくわかってる。
それでも、いつかは。
…なんて。
「…ふふ」
肩を落としながらも箒を持つ手を働かせていると、目の前に立つ彼女が控えめに笑った。
「?どうかしましたか?」
「ごめんなさい。なんか、安心しちゃって」
「…安心ですか?」
「はい。真壁さんがここにいてくれて、安心するなぁって」
「そ、そうですか…?」
…きっと、彼女に悪気はない。
その笑顔を見ればわかる。
僕は多分、ここで喜ばないといけないのだ。
『本当ですか!?』
『ありがとうございます!』
『そう言ってもらえて嬉しいです…!』
なのに、声は出なかった。
ここにいるということは、僕が守っているのは、この首相官邸ということになる。
誰かじゃない。
彼女じゃ、ない。
「でも、真壁さんは…それじゃ嫌なんですよね」
「…へ?」
「真壁さんの目標はここじゃなくて、桂木班のみなさんみたいなSPなんですもんね」
安心しちゃダメですね、と彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。
「……っ」
箒を持つ手が自然と強張った。
「…そ、そうです!」
身を乗り出して発した声が思ったよりも大きかったらしく、彼女は肩を竦めて驚いたように目を見開いている。
実は、驚いているのは僕も同じだった。
「真壁さん…?」
「あ、安心されては困ります!僕の目標は、立派なSPになることで…!」
でも、例えば、いつかの話。
「いずれは…平泉総理を警護して…」
夢みたいな話を、するなら。
「…お父さん、だけですか?」
ぽつりと呟かれた声は、僕の耳には上手く届いてこなかった。
「……?」
ただ、わかるのは、正面に立つ彼女の顔が、さっきよりも赤くなっていることだけ。
何を言ったのか、聞き返してもいいんだろうか。
「あの…?」
「な、なんでもないです!ごめんなさい!」
「いえ!僕、なんだか大それたことを…!」
我に返ってみれば、総理の警護だなんて大口を叩くにもほどがある。
ああもう穴があったら入ってしまいたいと自分の発言に後悔していると、「真壁さん」と彼女が僕を呼んだ。
「私、応援してます」
頬を染め、はにかんだように笑う彼女に胸が高鳴る。
「…はい」
彼女の笑顔に囚われた僕は、そう答えるだけで精一杯だった。
「…じゃあ、行きますね」
「えっ」
「お父さんに用事があったんです。あとは、警護のスケジュールの確認とか」
「そ、そうだったんですか!足止めしてしまって、すみませんでした!」
勢いよく頭を下げると、「いえ、そんな…!」という彼女の焦ったような声が聞こえてくる。
そんな声にすら胸が締めつけられて顔を上げると、彼女はほっとしたように頬を緩めた。
「…ありがとうございました」
そう言えば、返ってきたのは先程よりもにこやかな微笑み。
ぺこりと会釈をして官邸の中に消えていく彼女の背中を見送る。
でも、例えば、いつかの話。
夢みたいな話を、するなら。
「貴女を、守りたいんです」
そう呟いてから、僕は官邸前を綺麗にするべく、一歩踏み出した。
今は、まだ。
夢のまま。
(…そらさん)
(ん?どーした、瑞貴)
(嫌な予感がします)
(嫌な予感?)
(キャラクター説明ページの空席が埋まりそうな予感、です)
(ごめん、キャラクター説明ページって何?)
end
真壁!黒澤!
サブキャラなのがもったいない…!
20120218