おやすみ


世の中には、『据え膳』という言葉がある。
それはまさに、こんな状況。

「…えーと?」

俺の腕の中で幸せそうに眠るお姫さまは、俺の理性を試すかのように胸に顔を埋めた。



事の発端は、まぁ、たぶん俺。
だからこの状況は自業自得とも言える。
でも、だからってさ?
「…これはないって…」
そう、ほんの少し、仮眠をとるつもりだっただけ。

久しぶりに帰ってきたのは夜遅く。
それでもひめちゃんは起きて待ってくれていて、ぎゅってしてキスをしたら恥ずかしそうに俺から目をそらして…

可愛かったなぁ…

昨夜を思い出して、ふにゃりと頬が緩む。
「って、違う違う」
誰に言ってるんだかわからない突っ込みを入れ手をぱたぱたと振ると、俺の腕の中のお姫さまが「んん…」と身じろぎした。
起こしちゃったかなと顔を覗き込めば、変わらず気持ち良さそうに目を閉じている。
「…無防備すぎますよー」
ふに、と頬をつつくと、顔を隠すように更に俺に身を寄せた。

…ああもう、逆効果。

昨夜、キスをしたあとに恥ずかしがったひめちゃんは、俺の腕の中から逃れてキッチンに逃げ込んでいった。
『温かいもの用意するから』
なんて言うもんだから、『照れちゃって可愛いねー』なんて返しつつベッドに座って待ってたところまではいい。
そのあと、ぼんやりと、なんとなくベッドに横になって、なんとなく目を閉じた。

再び目を開けたときにはもうこの状態で。

「わかってるよ?寝た俺が悪いって」
ぽつりと呟き、さらさらなひめちゃんの髪に指を通す。
少しの量を束ねた毛先に、触れるだけのキスをした。

「…でもさ、ひめちゃん」

わかってる?

こうして会うの、久しぶりじゃん。

こうやってぎゅってするのも、キスも、すごく久しぶり。

だからさ。


寝てるお姫さまに悪戯しちゃう、イケナイ狼さんになってもいいでしょ?


ひめちゃんの顔を俺に向けさせて、額に、瞼にとキスを落とす。
頬を食むように口づけ、「ん」と可愛い声を漏らした唇を塞いだときには、俺の中には理性なんてほとんど残ってないわけで。
狼さんが舌舐めずりをして、俺の身体を乗っ取ろうと暴れだす。
勝つか負けるかなんてのは聞かずとも、俺と狼さんの考えはいつも一致。

「…ん。そらさ…?」
とろんとした眠そうな瞳が俺を捉える。
ごめんねと心の中で呟き徐々に顔を近づけていけば、途端に嬉しそうな笑顔が広がった。

「そらさんだ…」

「え…」
思いがけず抱き寄せられ、ひめちゃんにのし掛かる体勢になってしまう。
体重を掛けてしまい、手や足を使って隙間を空けようとするも、俺の背中にまわされた腕の力は強い。
「ちょ、ひめちゃん…!」
合わさった胸のやわらかさとか、首筋に当たる吐息とか、俺の熱を上げるには充分すぎるほどの刺激になる。

これはもう何かしたって文句を言われる筋合いはないよな…

緩んだ腕をそっと解き、少しだけ体を浮かせた俺は、ひめちゃんの頬に手を添えた。
目を細め、心なしか嬉しそうに口元を緩めている。

「…おかえりなさい、そらさん」

ひめちゃんの頬に宛がった俺の手を、小さな手がそっと包む。
「そらさんの手、久しぶり」
「へ……」
「あったかくて…安心する」
すり、と頬を撫でさせるようにし、安心しきったようにひめちゃんはもう一度目を閉じた。

「…そっか」
俺も久しぶりだったけど、それって、ひめちゃんも同じなんだよね。
俺のこと、寝惚けて抱きしめちゃうくらい、恋しかったってことで。

「──いいんだよね?」

ひめちゃんに布団をかけ直し、抱きしめるようにして彼女に寄り添う。

可愛い寝息が漏れてる唇に、触れるだけのキスをした。

「…今日は、狼さんには勝っとこーかな」




おやすみ、お姫さま。

狼退治しときます。




(って、何もしなかったそうですよ)
(…バカじゃないのか)
(俺は何も聞きたくない)
(そらさんて、実は狼の皮をかぶった羊ですよね)
(…俺は何も聞きたくない…)


end



初、SPそらさん!
愛され総理の娘になりたい。



20120113






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