この手をとって


いっそ見えなくなればいい。
ぼんやりと霞む視界の中で、俺はそんなことを思った。

きっときみは責任を感じ、俺の傍にいてくれる。

でも、いつか疲れてしまうんだ。

俺の情けなくなった姿を見るのがつらくなって、俺の傍にいることに苦痛を感じるようになる。
そうして、きみは俺の元を去っていく。

だから、ぼんやりと見えているくらいなら、いっそ見えなくなればいい。
そうすれば、俺は見えない。
きみの苦しみも、悲しみも、涙でさえも俺は見えないから。

きっと、自然に離れることができる。

ある意味、それはそれで幸せなことなのかもしれないとまで、俺は思ったんだ。





「っていうお話はどうかな、ハニー」
「…知りません!」
次の脚本なんだけどと白々しい嘘をつき聞かせた話を、彼女は一言で一蹴してしまった。
ぷいっと俺から視線をそらし、どすどすと音をたてながら仕事部屋を出ていってしまう。
まずい、と直感的に悟った俺は、自分でも驚くくらいに焦って彼女を追いかけた。

「ハニー?」
「………」
「…怒った?」
「……別に」
そんな刺々しい物言いで、怒ってないって言うのはだいぶ無理があるというものだけど。
俺から顔を背けたまま、ソファに座る彼女の隣に腰かける。
自然とくっついた腕がパッと離され、身体全体で俺を拒否するように背を向けた。

ぎゅう、と胸が締めつけられる。

痛い。
すごく痛い。

「……い、たい」
ぐ、と喉の奥が詰まる感覚に、俺は思わず喉元を手で押さえた。
「……っ」
「さ、佐伯さん…?」
俺の異変に気づいたのか、彼女は心配そうな、困ったような視線を向けている。
大丈夫、と言葉にしたはずなのに、声が出ない。
どうしようもないなと思った俺は、いつものように笑みを浮かべた。

「…ばか!」

ふに、と両頬をつまんできた彼女は、目に涙をいっぱいに溜めて、それを零さないように必死に堪えているようで。


そんな彼女がとてつもなく愛しいと思った。


「泣きそうな顔して、笑わないで…!」

ごめんね。
許して。

ふざけているのを装わないと弱さをさらけ出せない、弱い弱い俺だけど。


「…そばに、いてほしい、だけなんだ…」


絞り出した声は情けないくらい震えていて、彼女に伸ばそうとした手は躊躇って行き場を無くし、宙に留まっている。
つままれていた頬は、いつの間にかあたたかい手に優しく包まれていた。

「…離れてなんてあげません」
「え…」
「佐伯さんの情けない姿なんて、見飽きてます」
「う…」
「目が見えなきゃ、脚本、書けなくなっちゃうじゃないですか…」
「…だね」

「せっかく、夕陽を綺麗って思えるようになったのに…!」

ぽろぽろと彼女の頬に零れた涙を親指で拭い、今度こそ、愛しい人を抱きしめる。
「ふざけてでも、私が離れるなんて言わないで。そんなこと、思わないでください」
「…ん、ごめん。泣かないで」
「泣いてません!」
「俺のハニーは強がりさんだなぁ」
肩に感じる冷たい感覚に、俺は彼女を腕の中に閉じ込めるように、ぎゅっと腕に力を込めた。


ほんと言うとね。
思い描けなかったんだ。

俺の目が見えなくなって。
どんなに情けない姿になっても。

きみがいなくなるだなんて、考えられなかった。

いてくれるんだろうなって、俺はどこかで確信していたんだ。

…そう言ったら、信じてくれる?


「ハニー」
俯く顔を持ち上げ、こつんと額を合わせる。
涙に濡れて真っ赤になった頬をした顔も、ずっと俺だけに向けていて。

その瞳を。
その気持ちを、ずっと俺だけに。

「…ひめがいないと、俺ダメみたい」


「…そんなの、知ってます」
「わお。さすがハニー」




この手をとって。

きみがいないと、生きられないんだ。




end



20111127






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