あなたに夢中


「ひめちゃーん!おはよーう!」
今日もお店の入り口から、元気な声が響いてくる。
この挨拶は毎日のこと。

そして、この時間帯も。

「…もう陽が傾いてますよ」
「そうだねぇ。最近は早くなったよね!」
「いや…」
桂さんの筋金入りの方向音痴が原因なのでは、と思うのだが、屈託のない笑顔を向けられると、反論する気はどこかに行ってしまう。
「まだこの家を覚えられないんですか?」
「覚えてるに決まってるじゃん!だからこうして来れてるわけだし」
「…覚えててこの刻限ですか…」
へへ、と照れくさそうに頬を掻く桂さん。

どこも褒めてないんですよ!と心の中で声を大にして叫んだ。

「…おはようってことは、朝から家を出たんですか?」
「うん!朝ごはん食べて、すぐ」
「………」

…いっそ誰かについてきてもらえばいいんじゃないかな…。

どうしたものかと考えていると、ふいに目の前に小さい丸いものが差し出された。
ひとつだけ、ころんと。
きれいな薄い紫色の蕾。
「?」
「あげる」
に、と笑い、私の手にふんわりと握らせる。
「…ねぇ、気付いてる?」
「な、何がですか?」
「今日はね、昨日より早く着いたんだよ」
「そうですか…?」
傾いた陽に視線を向けると、両手で頬を挟まれ無理矢理に向き直された。

目の前には、まっすぐに私を見つめる優しい瞳をした桂さんの顔。

「…もっと前から、持ってきてたんだ。これ」
開いた手のひらに、小さな蕾。
ぷっくりと膨らんで可愛い。
「いっつもいっつも、来る途中で萎れちゃっててさ」
寂しそうな目が蕾を見つめる。
「でも、今日は間に合った」
「間に合う?」
ぱっと笑顔になり、頬を挟んでいた手を私の手に添えた。
「まだ萎れてない。ぷっくり膨らんでて、可愛いでしょ?」
嬉しそうに、私の手の上でそれをつついて踊らせる。
「…どうして、蕾なんですか」
「んー」
可愛い蕾よりも、優しい桂さんの表情に私は見とれてしまった。
答えを待つために、じ、と彼を見つめる。

…見とれる。

彼の顔が近づいてきても、私はずっと彼を見つめていた。

視界が桂さんでいっぱいになっていって…

唇が触れて、はっと意識を取り戻す。

「…か、桂さん…!?」
「やっぱりね」
「へ?」
桂さんは勝ち誇ったように言い、私の唇をふにっと摘まんだ。

「ぷっくりしてて可愛くて、ひめちゃんの唇にそっくりだ」

ふにふにと私の唇を弄びながら、悪戯っ子のように笑う。
いきなりされた口づけに、私は言葉を飲み込んだ。
「あ、固まっちゃってる。何か言ってよー」
喋れないのはこの指のせいなのだけど。
なおも笑いながら、唇からは指を離してくれない。

嬉しそうな笑顔。

寂しいって顔をするくせに、次の瞬間には、ぱっと笑顔になってたり。

くるくる変わる表情に、私の心、いつの間にか振り回されてる。

…悔しい。

でも、

私だけじゃないって、思ってもいいんですよね?

だって、これをくれたんだもの。

…花言葉なんて、知らないでしょうけど。




あなたに夢中。




(うーん…)
(どうしたんですか?)
(うん…いや、そっくりだって言ったのは俺なんだけど)
(?)
(本物じゃないと、満足できないなって)
(…まっすぐすぎませんか…?)


end



桂さんは
純な感じがする。
無邪気な分。






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