離してやれない


「…幸人先輩の匂いがします」

くぐもった声で、彼女は言う。
思えばなんてことをしているんだと言わんばかりの体勢だが、何故か彼女は床に座り、俺のベッドの端に顔を埋めていた。
ぺたりと足をつけて座る姿がなんとも…
「…そういう話じゃない」
そうじゃなくて、いまの問題は彼女が何をしているのか、だ。
下の階に飲み物を取りに行っている隙に、彼女はこんな行動を起こしていたらしい。
俺に見つかり、はじめは慌てていたが、いまは開き直ったかのように堂々と頭を預けている。
「………おい」
最近はなかなか時間が合わず、久しぶりに2人になれたというのに、背を向けられていることになんとなく苛立たしくなり、静かに彼女の背後に座り、声をかけた。
「そっちじゃない」
「へ?」
「こっちだ」
彼女の返事も待たず、ベッドから引き剥がすように背中から抱き寄せる。
腹部にまわした腕にきゅっと力を込めれば、彼女の肩もぴくりと震えた。
「幸人先輩…?」
「ん」
肩口に顔を埋めると、ふわりと自分とは違う匂いがする。
彼女の、香り。
「………ん」
どれくらい抱きしめたら、同じ匂いになるんだろう、なんて。
そんなバカなことを考えるくらい、俺は彼女が好きなんだろう。
少し前の俺が見たら、どうかしていると思うに違いない。
けど、それでも。
「ゆ、幸人先輩…?」
「ん?」
「あの…呆れてますか?」
明らかに沈んだような声に、ふっと顔を上げる。
至近距離で目が合い、俺は吸い込まれるように頬に口付けた。
「………え」
「呆れるって、何に?」
「ち、ちが…え…!?」
一瞬にして真っ赤になった彼女が面白くて、自然と口元が緩む。
「どうした」
「どうした、って…!」
むっと膨らんだ頬に、もう一度キスをした。
「……!」
「あんたには…呆れない」
「さっきみたいなことをしても、ですか?」
「ああ…どんな不可解な行動をしても、だ」
「…複雑です」
「学校ではわからないが」
「あ…そうですね…」
納得するのか、と呟くと、慌てたように俺に振り向く。
「…呆れさせないような企画を考えます!」
「…」
「幸人先輩が、一緒に参加したくなるような…そんな企画を」
「…そうか」
ぐっと握られた拳を捕まえ、それにキスを落とす。
はずみで開いた手のひらに、もう一度。
「…ゆ、幸人先輩…」
「ん…?」
俺の方に体を捩った彼女は、ぎゅっと身を寄せてきた。
背中に手をまわされ、服を掴まれた感覚がある。
「……」
「…幸人先輩の匂い」
ぽつりと呟いた彼女の顔を、顎に指をかけ、引き上げた。

「…どうしたら、同じ匂いになれますか?」

顔を真っ赤にしたまま、瞳を潤ませて俺を見上げる彼女に、問いにも答えずキスをした。
さっきよりもきつく抱きしめ、噛みつくように唇を塞ぐ。

同じ匂いになれたら、寂しくないのに。

キスの合間に囁かれた言葉に、俺もだと小さく答えれば、背中にまわされた手に力が込められた。

もっと傍にいられたら。
ひとつになれたら。
同じ匂いになれるのに。

「…今はずっと…こうしていたい」
「……はい…」

少し前の俺が見たら、どうかしていると思うに違いない。

けど、それでも。

俺は今、満たされていて。

手遅れなんだと、わかってるんだ。




離してやれない。




(ゆ、幸人先輩は、たまに大胆です!)
(あんたに言われたくない)
(…どういうことですか?)
(…こういうところだ)
(ちゃんと言ってくれないと、このまま離れませんよ?)
(…だから、こういうところだ…)



end


叶実さんへ!

『幸人先輩のヒロインとラブラブなお話』ということだったので…
これはラブラブでしょうか…?

気に入っていただけたら嬉しいです。
リクエストありがとうございました!


20110608




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