大切なことは


図書室で、並んで座る彼女と葉月を見つけた。
小声ながらも楽しそうに話している2人に気づかないふりをして、急ぎの用を済ますための資料を探す。
そのまま俺は図書室をあとにした。

…本当は、急ぎの用事というのは方便で、早く2人を視界から消したかっただけ。
それでも残る残像に、俺の胸はチリチリと痛んだ。


「何をしてる」
数日後、気づけばまた彼女の隣に座る葉月に声をかけていた。
笑顔を絶やさずに俺を見上げてくる葉月の瞳に、心が見透かされているみたいだ。
前は黙って見ていたくせに、と。
「…何って、まだ何も?」
ではそのうち何かするつもりだったのかと問い詰めたい気持ちはあったが、何も言わない。
「…あんたも何をしてる」
「え、あの」
「何も。だよね?」
「…は、はい…」
上から押さえつけるような言葉に、彼女は言葉をつぐんだ。
含んだように笑う葉月にちらりと視線を投げ、俺は黙って2人に背を向ける。
「あ、ゆ、幸人先輩…!」
「…下校時刻は守れ」
2人きりにさせてしまうことがわかっていながらも、振り向くことはできなかった。

彼女からの連絡に返事もできないまま数日。
たまに見かける2人の姿に、心がざわつくのを感じていた。
「あ、幸人」
「………」
「なに、その顔。いつも通り怖いよ?」
にこにこと俺を見ながら葉月は自分の頬を指差す。
「笑わないと、ほら」
「用件はなんだ」
能天気に笑う葉月にイライラしている自分がいた。
それと同時に、今日は1人なのかと安堵し。
「幸人の彼女、見なかった?」
そしてそれは、一瞬にして払拭される。
「さっきから探してるんだけど、見つからないんだよね」
「……お前は」
「ん?」
見間違いではない。

葉月の笑顔は、純粋なものではなかった。

「お前は俺の彼女とわかっていながら、あいつを探すのか」
自分でもわかるくらいの怒気を孕んだ声に、葉月は笑う。
「え、なに?怒ってるの?」
神経を逆撫でするような物言いに、俺は拳を痛いくらいに握った。

「逃げたくせに」

真っ直ぐな瞳が俺を捉える。
いつの間にか、葉月の顔からは笑顔が消えていた。
「…自惚れてんなよ」
「……」
「同じ生徒会だから、幸人の事情もわかるけど。不安になってるって気づいてあげなよ」
「……俺、たちは」
「まさか、付き合ってるんだから気持ちはわかってるだろうとか思ってない?変わる気持ちもあるって知ってる?言わなきゃわかんないことって、たくさんあるって気づかないの?」
何も、言葉が出ない。

「いつまでもそんなんじゃ、俺がもらっちゃうから」

気づけば俺は、活動日でない生徒会室に駆け込んでいた。
最後に見た葉月の笑顔を振り払うように、机にある資料に目を通す。
内容が頭にまったく入ってこないが、何もしていないよりはましだった。

…自惚れてなんかいない。
むしろ2人を見るたびいつも不安だった。
葉月と楽しそうに話しているのを見るたびに、どうして俺なんだと思って。
彼女の口からはっきりと言われるのが、俺は怖かった。

しかし結局は、逃げていることには変わりない。

未だに乱れている息を整え、携帯を鞄から取り出す。
深呼吸しながら、彼女の番号を呼び出した。
いつもより長いコール音に、俺は心を落ち着けるように目を閉じる。

もう何を言われてもいい。

そう、思ったのに。

『幸人先輩?』


「…会いたい」


彼女の声を聞いた途端。

口を開けば、違う言葉が。

俺の、願望が。

こぼれた。

『…い、今、もしかして生徒会室ですか?』
微かに聞こえる二重の音声に、俺は生徒会室の出入り口に向かう。
影が、見える。
鍵を開けようと手を伸ばし。
『…好きです』
小さく聞こえた言葉に、その手を止めた。

『私は幸人先輩が好きです…っ』

俺はそのまま鍵を開け、開いた教室の中に彼女を引っ張り込む。
腕の中に収め、震える肩を抱きしめた。
本当かと呟けば、力強く頷く。
その様が愛しくて、俺はまた抱きしめる腕に力を込めた。
「…だったら、葉月なんかと一緒にいるな」
離したくない。
失いたくないんだ。
「葉月じゃなくて、俺の傍にいろ」
「…葉月先輩は…幸人先輩のことをいろいろ…」
「俺のことを、他のやつに聞くな」
じゃあ、と俺の制服を握る手に手を重ね、そんな顔をさせてすまない、と心の中で謝る。
潤んだ瞳で、俺を真っ直ぐ見つめ、聞いてきたのは。

「…私のこと、どう思ってますか…?」

わかってるだろ、じゃ、なくて。


「………好きだよ」




大切なことは、

言葉にして。




(…葉月)
(あれ、棗くん。どうしたの?)
(お節介も程々にしておいた方がいいよ)
(えー、なんのこと?)
(…もしかして、本気だった?)
(………さぁね)



end


かすみさんへ

『幸人先輩にライバル登場
でも最後はハッピーエンド』
とのことでしたので…

こんな風になってしまいました…!
気に入っていただけたら嬉しいです。


20110529




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