いつか、また会う日にも


『おにいちゃん!』

満面の笑みを浮かべて走ってくるのは、月子という近所に住む女の子。
喧嘩を止められてからというもの、俺たちは『友だち』になったらしい。
最近は学校が終わるとランドセルを背負ったまま来ることもある。
いつもは3人で、なんだが。

『…なんだよ。1人かよ』
『すずちゃんとかなちゃんはあとから来るの。ようじがあるんだって』
『そうか。珍しいな、1人なんて』
『そうかなぁ』
『そうだよ』
少なからず、それだけでお前はあいつらに守られてる。
気付いてないのか、こいつは変なところで鈍い。

『おにいちゃんも1人だよ』
『…俺はいいんだよ』
『そうかなぁ』
『そうだよ』
なんだか続かない会話に、ぼんやりと空を眺める。

そういえば、月子と2人になるのも久しぶりだ、とふいに思った。
別にこんなランドセル背負ってるような小学生に緊張するわけもなく、むしろ1人でいるときよりも穏やかな気分だ。
誰かといることが苦痛で、1人でいることが当たり前だった少し前の自分が聞いて呆れる。

俺には責任があって。
一生、忘れてはいけない罪があって。
でも、月子といると、自然に笑っている自分がいる。

そんなこと、俺に許されるはずもないのに。

あの日、俺が一番欲しかった言葉を、俺は自分で奪い取った。
これから先もずっと、あの人たちからその言葉を貰うことはもうない。
あの人たちの帰る場所に、俺はもうなれない。

そんなこと、わかってる。

『おにいちゃん』
ふわりと吹いた風に乗って、明るい声が俺の思考を呼び戻す。
『…あ、ああ。なんだ?』
『わたし、言いわすれてた』
『?』

向けられた笑顔に、面影が甦る。


『ただいま、おにいちゃん』


すとんと胸に落ちてきた言葉は、「ぎゅうぅぅ」と音が鳴りそうなほどに俺の心を締めつけた。
『……あ、』
咄嗟に声が出なくて、俺は自分がどんな表情をしてるかわからないまま月子を見つめる。

諦めていたんだ。
誰かの帰る場所になること。
大切な人の帰る場所になること。

だってあの日、俺は守れなかったから。

『ただいま』と言ってくれる人がいることの幸せを、『ただいま』と言ってもらえることの幸せを、無くしてから知ったんだ。

喉の奥が詰まり、泣きそうになるのを堪えていると、月子が不思議そうに俺の顔を覗きこむ。
見るなと言いたいのに、俺はただこいつを見つめることしかできない。

お前は、俺が諦めた言葉を、こうも簡単にくれるのか。

『おにいちゃん、どうしたの?』
『……あ、』
小さな手が俺の手に重なる。
あったかくて優しいお前の手も、お前の言葉も、今日の俺は貰ってばっかりだ。
『……なんでも、ない』
『…そう?』
『ああ』

…ああ、今日だけじゃない。
あの日無くしたものを、笑顔を、お前は俺にくれた。
諦めていたものを、こうして1つずつ与えてくれる。

そんなお前に、俺は何をしてやれるんだろう。

『おにいちゃん』
『ん?』
『ただいまって、言ったよ』
おにいちゃんは?と急かす月子に、いつもの笑顔を浮かべ、頭を撫でてやる。
嬉しそうに笑う月子に、俺は言った。


『…おかえり』


そんなお前に。

少しずつ、お前が欲しいものを、俺はこうして返していけるだろうか。




いつか、また会う日にも。




(…思い出しました!)
(なんだよ、玄関でいきなり)
(玄関だから、です)
(?)
(……ただいま、一樹さん)
(…ああ、おかえり)


end



名無しさん
キリ番リクエスト
遅くなって申し訳ありません…!

『一樹と月子の幼年期』
ということで、
こうなりました。

気に入っていただけると
嬉しいです。


20110514




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