春のせいにして


授業中の保健室ほど退屈な場所はない。

まぁ病人がいないのはいいことだし、そのお陰で静かに新聞を読んだり、溜まっていた作業ができるというものだが。
今日に限ってすることがない。
開けた窓から吹き込む風は心地よく、春を感じさせる。
以前は持つこともなかったこんな穏やかな気持ちは、あいつがくれたものなんだろう。
そう考えることすら昔の自分との差がありすぎて、少し笑えた。
「…ねむ」
ふわ、と欠伸をし、デスクに頬杖をつく。
そういえば最近保健室に来ねえな、とぼんやりとした意識の中で思った。
新年度だからと、Gフェスとしていろいろ動き回ってるのは知ってるし、そのために保健室に顔を出す暇がなかなかないのもわかってはいる。

…でも、な───

少し俯いて目を閉じ、俺はゆっくりと意識を手放した。


頬に触れたあたたかい感触に、俺はそっと目を開く。

『高野先生…』

優しい日差しが降り注ぐ、静かな保健室。
目の前には、頬を染めたあいつがいて。
まだうっすらとした意識の中、ああこれは夢なんだとどこかで思った。
こんな夢を見るまでに、俺はこいつを求めていたのかと、俺は今たぶん驚いている。

…まぁ、夢だしいいか。

さっきの頬の感触は何かとこいつを見つめると、さっきよりも顔を真っ赤にして、俺の頬に唇を寄せた。
同じ感触だ、と思いながら、俺も頬にキスを返す。
くすぐったそうに、でも嬉しそうに笑うから、今度は反対側の頬にキスをした。

『…寂しかったです』

小さく呟いて、俺の手を自分の頬へと連れていく。
ふわりと触れた手も頬も、夢とは思えないくらいのあたたかさがあった。
俺も、と言葉を返せば、また嬉しそうに目を細める。
少し潤んだ瞳に吸い寄せられるように、目尻にキスを落とした。

いつもなら、保健室でこんなことは絶対にしない。
校内だからということもあるが、一度触れてしまえば止まらなくなるかもしれないからだ。
それは、こいつにとっても俺にとってもいいことではない。

…ああ、でも今は止めなくてもいいのか。

夢なんだし。

そう開き直った俺は、腰にまわした手にぐっと力を込めて抱き寄せる。
膝に座らせ、俺は躊躇いなく唇を奪った。

『ん、…っ』

逃げようとする頭をおさえて、噛みつくようにキスをする。
こいつが漏らした吐息が熱くて、いやに現実味を帯びていた。
白衣を掴まれ、現実にそうされているような感覚が───

『高野先生…っ」

チャイムが鳴ったと同時に、はっと意識が鮮明になる。
とん、と叩かれた胸に残るのは、夢ではないという証でもある痛み。
まぁそれほど痛くはないが。

そう。

感覚が、ある。

………

「…夢じゃ、ない」

目の前にいるこいつは、真っ赤な顔で、とろんとした瞳で俺を見上げていた。

「…本当ですか?」
「?」
「寂しかったって…本当?」
「……いや、」

そこまで言って、ゆっくりと抱きしめていた腕を放す。
確かに、ちょっとくらいは思ったかもしれない。
でもそんなこと言えるか。

そう思った、のに。

一瞬で翳ったこいつの表情に、なんだか胸が締めつけられて、気付けばもう一度唇を塞いでいた。

「…寂しかった」

と思う、と小さく呟けば、嬉しそうに微笑む。
なんだか照れくさくて、ぎゅっと頭を抱え込むようにして抱きしめた。


チャイムが鳴り響く。

「授業…」

「…まぁ、今日ぐらいな」




春のせいにして、
もう少し。




(…授業、始まっちゃいましたね)
(休み時間によく他の奴が来なかったな)
(…鍵、閉めてありますから)
(は?)
(一緒に、いたくて…)
(…頭が春だな、お互いに)


end



saraさんへ!
遅くなって
すみませんでした…

学園祭の高野先生
甘い話ということで…

気に入ってくれたら
嬉しいです。

リクエスト
ありがとうございました!

20110420




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