旅立つ日には


…今日は、いつもより瞼が重い。

「直獅さん」

月子の声が昨日より優しいと思うのは、きっと気のせいじゃないはずだ。

わかってくれてる。
経験してること、だから。

いつもより、甘えてしまう。



「直獅さーん。遅刻しちゃいますよー」
「んー…」
「今日は大切な日でしょう?」
揺らされる肩に観念し、そうだけどと小さく呟くと、クスクスと笑う声が聞こえてきた。

そう、今日は、星月学園の卒業式だ。

俺の受け持った生徒たちが、旅立っていく。

のそのそと上体を起こし、ベッドの端に座った月子の腰に腕を回した。
「ちゃんと、喜ばしいことだってのもわかってるんだけどさ…」
「はい」
「それでも、寂しくないって言ったら嘘だ」
「…そうですね」
肩に顔を埋めれば、こつんと小さな衝撃が返ってくる。
寄り添うような体勢に、今日はなんだか胸が締めつけられた。

「私のときも、寂しかったですか?」
「まぁ…そりゃ…」
俺の良く出来た嫁は、俺がこうしてぐずってしまうことを予測していたようで、いつもより早めに起こしてくれたらしい。
その気遣いに甘えて、月子をベッドに引きずり込み、ぎゅっと抱きしめる。
月子も抵抗しないでいることから、想定の範囲内だったようだ。
「でも、寂しいっていうよりも、嬉しい気持ちの方が大きかったぞ」
「嬉しい?」
「ああ!『月子は俺の彼女だー!』って、やっと叫べるようになったんだからな」
そう言うと、月子は嬉しそうに微笑み、俺の手をぎゅっと握った。
「大袈裟じゃないですか?」
「それくらい嬉しかったってことだ!」
ぐりぐりと額を擦り合わせれば、くすぐったい、と可愛い声をあげて笑う。


この声を、月子を失わなくてよかった。

今日もまた、実感する。


額を離し、月子の目をじっと見つめた。
その瞳の中には俺が映っていて、月子の目の前には俺がいるんだって事実に嬉しくなる。
自然と視線は唇に移り、俺たちはどちらからともなくキスをした。

「お、おはようのキス、だな…!」
「…ふふ」
「?どした?」
「直獅さん、顔赤いです」
クスクスと笑いながら、俺の頬をぷにっとつつく。
「か、からかうなよ…!」
ふに、と頬をつつき返すも、月子の笑いは止まらない。

それなら、と。

俺はもう一度、月子の唇を奪った。

「………」
「………」
「さ、さーて!そろそろ準備するかな!」
お互い顔を真っ赤にして、朝から何をしてるんだと可笑しくなる。
嬉しそうに目を細める月子の髪を撫で、枕元の時計を見ると、いつの間にか、予定していた、起きる時間になっていた。
上体を起こし、月子の手を引っ張って起こしてやる。
すると、俺の手を握ったまま、月子は言った。

「いってらっしゃい、陽日先生」

ちゅ、と可愛い音をたてて、やわらかな唇を俺の頬に押し当てる。
俺の顔を覗き込んで笑った月子を、俺は堪らず抱きしめた。

「…甘えて、情けなくて、悪い」
「いいえ」
「………」
「だって、それが“陽日先生”ですから」
「…甘えて、情けない俺が?」
「違います。生徒と一緒に笑って、泣いて、喜んでくれる、素敵な先生です」

ぎゅ、と背中にまわされた腕に力が込められる。

「直獅さんは、私の自慢の旦那さんで、先生ですよ」

だから笑ってください、と月子は俺の肩に顔を埋めた。

「私の後輩たちを、よろしくお願いします」




…諦めないで、貫いて、よかった。

あの日、あのとき、一度離してしまった手を、求め続けてよかった。

きっと、これからも、何度となく。

寂しさだけじゃなく、やっぱり喜びと共に。

今日という日を、迎えるんだろう。


「…全員、笑顔で送り出してくる!」




旅立つ日には、

笑顔を送ろう。




(やっぱり泣いたな)
(やっぱり泣きましたね)
(う…!)
(まぁでも、いいんじゃないか?)
(生徒たちも、笑って出ていきましたからね)
(…いい式だったなー…)


end


直さんへ。

長らくお待たせしてしまいまして、すみませんでした!
『直獅先生で甘いお話』ということで…
微甘ですが…

リクエストありがとうございました!


20120229




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