きみの手
僕を守ってくれていた。
あの頃の僕のに比べたら大きくて、それでも、僕は。
守りたいって、思ったんだ。
「…それは、今でも」
隣に眠る彼女の手のひらに、静かに唇を押し付ける。
ん、と擽ったそうに身を捩る彼女を、僕はそっと抱きしめた。
無邪気な寝顔は今も僕を刺激し続けてるけど、今日は我慢。
彼女を安全なお昼寝に誘ったのは僕だから。
具合が悪いのを隠してみんなの前で明るく振る舞っていた彼女をクロフネの2階に連れ込み、僕からベッドに横になって無理やり引きずり込んだ。
はじめは照れて落ち着かないなんて言ってた彼女も、今では体調のせいもあってかぐっすりと眠っている。
「…バレてないと思ってたのに」と、伏し目がちに呟いた彼女の顔色の悪さといったらなかったのに、何故かハルくんたちは気づいてないみたいだった。
2階に引っ張っていったとき、いっちゃんなんかは文句を言ってくるくらいだったし。
「僕が見すぎなのかなー…」
自覚はあるけどね、と呟くと、彼女の肩がほんの少しだけ揺れる。
そっと顔を覗き込んでも、彼女が起きた気配はなかった。
「………」
ぎゅっと抱きしめても反応はないし、ここは僕も寝ちゃった方が無駄な葛藤をしなくてすむかもしれない。
そう思い、少しだけつらそうに呼吸をする彼女の額にキスをして、僕も目を閉じた。
10年前、彼女がいなくなってしまったあと、幼いながらも僕の中の何かが欠けてしまったような感覚に襲われたのを憶えてる。
僕がもっと男らしくて強ければ、離ればなれにならずにすんだのかな、なんて幼稚なことを思ったりもした。
あれからの僕は不完全で、何かが足りないということを日々感じながら過ごして。
ピアノを弾いても、思い出すのはあの日僕の前からいなくなってしまった女の子のことばっかり。
僕の足りない、欠けてしまったものは、やっぱり彼女だった。
だから、彼女が吉祥寺に戻ってきて、その上僕の隣にいてくれてるだなんて、夢みたいなんだ。
ハルくんでも、いっちゃんでもない。
リュウ兄でも、タケ兄でもなくて。
僕の隣に、彼女が居るなんて。
「…りっちゃん」
ふにゅ、と唇にやわらかい感触。
ゆっくりと目を開ければ、目を覚ました彼女が僕の唇を突っついていた。
ぼんやりとした夢の続きみたいな光景に、僕も彼女の唇にそっと触れる。
「…キスしてくれたのかと思った」
なんて半分本気の冗談を言えば、彼女は顔を真っ赤にして手を引っ込めようとした。
それを阻止するように、彼女の手を素早く捕まえる。
「りっちゃん…?」
「顔色、良くなったね」
真っ赤になっちゃってる、と頬を撫でると、恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに僕を見上げた。
「…りっちゃんと、お昼寝したお陰かな」
ふわりと微笑む彼女に、ほっと小さくため息をつく。
これは無理をしてる笑顔じゃない。
「具合が悪かったら、ちゃんと言って」
「…ごめん」
「次からは、無理したらダメだよ?」
こつんと額を合わせれば、「うん」と小さな返事が聞こえる。
しゅんとしてしまった彼女の髪を撫でて、もう一度ぎゅっと抱きしめる。
落ち込んでしまったのかと思えば、腕の中から聞こえてきたのは、小さな笑い声。
「昔と、逆だね」
守られていた頃の自分。
女の子みたいで、泣き虫で。
「無理しちゃダメだよって」
「…僕が怒られてたね」
「怒ってはない、けど」
心配だったから、と彼女は続ける。
「昔はこの手を守ってたなぁって思って」
そう言いながら、ぎゅっと僕の手を握ってくる手は、僕のものより遥かに小さい。
あの頃とは違うカタチ。
それでも、キモチは同じだ。
守りたい手。
守りたい人。
夢みたいな、現実。
「…今は、僕が守るから」
ちゅ、と指先にキスをすると、真っ赤な顔を隠すように俯いてしまった。
それでも、しっかりと両手で僕の手を握り返してくれる彼女に、胸が震える。
「だから、これからもずーっと一緒にいるけど」
…いいよね?
そう囁いて、僕は彼女の左手の薬指に約束のキスを落とした。
きみの手。
(ねぇ、2階、やけに静かじゃない?)
(ジョージさん、そわそわし過ぎだから…)
(いくら理人でも、俺らが下にいたら何もしねーだろ)
(…ちょっとリュウ兄を偵察に行かせよう)
(?見てくればいーのか?)
(リュウの心の傷になるかもしれないから、それだけは止めなさい)
end
まぁちさんへ。
大変遅くなって申しわけありません!
『吉恋のりっちゃんorいっちゃんの彼目線のお話』ということでしたので、りっちゃんにさせていただきました。
リクエストありがとうございました!
20120203