話をしましょう


調理器具が増えたな、と思った。

増えたというよりは、存在するようになったという方が正しい。
前は自炊なんてしないと言っていたから必要がなかったんだろうし、ヒロミちゃんにご馳走になるときは、彼の方から出向いていたと言っていた。
だから彼の家のキッチンに常備されるようになったフライパンやら小さい鍋やらを見ると、なんだかくすぐったい気持ちになる。

これらの器具を使っているのが、彼ではないからだ。


一息ついたところを見計らってか、キッチンに立つ私の後ろから、真也さんの優しい腕が伸びて私を抱きしめる。
自分でも面白いくらいに強張ってしまった肩に、小さく笑いが零れたのが聞こえた。
「た…し、真也さん…」
「何か手伝うか?」
「いえ、大丈夫です」
やわらかな低い声に、一瞬にして肩から力を抜き、ふにゃりと笑いかける。
すると、困ったなというかのように、小さく微笑んでくれて。
ちらりと視線だけでコンロに火が点いていないことを確認すると、私を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

「…新妻みたいだな」
「……え…」
こういう格好してるとな、と後ろで結んであるエプロンのリボンを少しだけ引っ張る。
その言葉に、耳にまで熱が集まっていくのがわかった。
顔を覗きこまれそうになり、必死に彼から顔をそらす。
「そこまで照れることないだろ」
「そこまで照れることですよ…!」
上擦った声で反論すると、ふわりと抱き上げられた。
「え…っ!?」
「暴れんなよ」
それでも小さく抵抗する私を余所に、リビングのソファに連行され、私を膝に乗せて座る。
横抱きにし、嫌でも顔が見えるように頬を押さえこまれてしまった。

「まぁこの先長いんだし、これから慣れてきゃいいだろ」

触れるだけのキスをされれば、すっかり身体の力は抜けて、くたりと真也さんにもたれかかってしまう。
ふわりと髪を撫でられ、真也さんのシャツをきゅっと握る。

この先長いんだし、って。

ねぇ、真也さん。

この幸せは、いつまでも続くのかな。

あなたの未来のどこまで、私はいるの?

「…この先」
「んん?」
「この先、一緒にいてもいいんですか?」
もし慣れちゃったとしても、と続けると、彼は真剣な顔をして、顔を近づけてくる。
「え…?」
そしてそのまま、唇にやわらかい感触が降りてきた。

「…当たり前だ」
ぽつりと呟いた言葉と一緒に、真也さんの熱い吐息が唇に触れる。
「お前に他に好きなやつができるまで、な」
「、そんな人できません!!」
寂しそうな声に、私は思わずもう片方の手で彼の手を握った。
すると、安心したように、微かに緩んでいく頬。

「じゃあ、ずっといろ」

そう囁いて、真也さんは私を抱きしめる。

「俺から離れられると思うなよ」

大人の本気は、こわいんだ。

そう言った彼の声はいつになく熱っぽくて、私の胸が大きく脈打った。
ちゅ、と首筋にキスを落とされ、反射的に目を瞑る。
「…煽んなよ」
重低音が耳元で甘く響いたと思ったら、程無くして唇が塞がれた。
熱を一気に伝えてくるような、大人のキス。
息がうまくできなくて、でもそれでもこの熱さに溺れていたいと思う私は、本当の恋をしているんだと実感する。
それは、ぷは、と口内に空気が入り込んできたことに、少しの寂しさを感じてしまうほど。

「…あと、どれくらいだろうな」
「え…?」
「お前が新妻になるまで」
「えぇ…っ!?」
に、と意地悪な笑みを浮かべ、頬にキス。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、何を言われたのか整理できなくなってしまった私を、彼は優しく立たせる。
「話の続きは、お前が作ったものを食べながら、な」
正面から見つめた真也さんの頬が少し赤く染まっていて、私は思わず笑ってしまった。
「…なんだよ」
「いいえ、なんでも!今、準備しますね」
「ああ」
キッチンに戻り、用意してあった料理をテーブルに運んでいく。
そわそわしている私の横で、真也さんもそわそわしながら手伝ってくれた。

用意を終え、向かい合って座る。
美味そうだな、と呟く真也さんの顔は、今日一番の緩み顔。

両手を胸の前で合わせ、微笑みあう私たち。

「いただきます」
「…いただきます」

「「それで…」」




話をしましょう。

未来のことを、少しずつ。




end



京さんへ

遅くなってしまい大変申しわけありませんでした!
『高野先生とラブラブ話』ということで…
こうなりました!

20110716




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