ありがとう


「四季くんは、何か欲しいものはない?」

そう彼女が聞くから、一応考える素振りをする。
でも、本当は、考えるまでもない。

「…おいで」
手招きすると、不思議そうな表情を浮かべながら、彼女は俺の前に立った。
ゆっくりと手を伸ばし、彼女を腕の中に閉じ込める。
「し、四季くん?」
「…いっぱいだから、いらない」
「?」
「両手は、あんたでいっぱいだから」
だから他のものはいらない、と答えたら、彼女は少し寂しそうに笑った。



12月5日。
豪勢な料理が並べられたテーブル。
まだキッチンで何かを準備している月子の隣に立ち、その手元を覗き込む。
「…美味しそう、今年も」
「ふふ、そう?」
「うん…早く食べたい」
嬉しそうに微笑みながら作業をする月子が可愛くて、邪魔になるとわかっていながらも、彼女に少しだけ寄りかかるように体重を預けた。
「どうしたの?」
「…邪魔?」
「ううん、全然」
「よかった。…手伝う」
「うん、ありがとう」
盛りつけ終わった最後の料理をテーブルに運び、そのまま席に着く。
ぱたぱたと遅れてやってきた月子の手には、いつもより大きなケーキ。
「わ…大きい…」
「今年はね、少し大きくしたの」
「?…どうして?」
「ふふ、秘密」
なんて言って、ものすごく嬉しそうに笑う。


今日は俺の誕生日。
彼女の笑顔がいつもより幸せそうに輝く、特別な日だ。
別に俺が生まれたから特別なわけじゃない、と言ったら月子にものすごく怒られたことがあるので、それは俺の胸だけに納めておくことにした。


俺が生まれたことが良いことなのか、それとも悪いことなのか、俺には判断しかねる。
ただ、そんな俺に、月子は毎年「ありがとう」と言う。
「生まれてきてくれて嬉しい」とまで。

それだけで、俺は満足だ。

これ以上、他に何を望めばいいのか。
両手に抱えきれないものを持て余してしまうくらいなら、何も手にしない方がいい。

大切なものが増えることは、俺には厄介なだけだ。



「そろそろかな…」
壁に掛かった時計を見つめ、ぽつりと呟く月子。
「……どうした?」
「あ、えっと…」
言い淀む彼女に首を傾げると同時に、玄関のチャイムが鳴り響く。
途端にぱっと笑顔を輝かせ、月子は玄関へと小走りで駆けていった。
「……」
追いかけようと席を立つ。
ドアの開く音がして、それから月子じゃない誰かの話し声が聞こえた。
…しかも、1人じゃない。

「……わ」
玄関へと急ぐと、そこにいたのは、同じ地で暮らす友人たち。
「やぁ、神楽坂」
「こんばんは。お邪魔します」
「ぬはは!神楽坂先輩の目がぱっちりしてるのだ!」
「土萌…木ノ瀬に…ぬ…?」
3人がそれぞれに大きな袋を抱え、月子と並んでにっこりと笑っていた。


「じゃあ、玄関先で悪いけど」
はい、と土萌に差し出された袋に手を伸ばしかけ、止める。
「神楽坂?」
「…四季くん?」
心配そうに顔を覗き込ませた月子を、俺はぎゅっと抱きしめた。
「え、し、四季くん…!?」
「……どうしよう」


厄介だと、思っていたのに。

それなのに、俺は。


「…欲しかったら、貰っていいんだよ」
「……でも」
受け取ってしまったら、それはきっと大切な『もの』になる。
でも、俺には月子が。
「大丈夫。…ほら、腕を解いてみて」
自信たっぷりに言い放つ月子に促され、俺はゆっくりと腕を解く。
「……っ」
月子が離れることもなく、そればかりか彼女は俺から離れまいとしているかのように、俺を強く抱きしめていた。

「私が四季くんをぎゅってするから。…四季くんには、もっとたくさん、大切なものを手にしてほしい」

月子がそう言うと、ずい、と大きな袋をもう一度差し出してきた土萌が、呆れたような笑みを浮かべていた。
おそるおそる、俺はそれを受け取る。
「…おめでとう、神楽坂」
「じゃあ、僕からも」
「これは俺からだぞ!」

大きな3つのプレゼントを抱えても、腕の中から月子が零れることはなく。

嬉しい重みが両腕にかかる。

大切なものが増えることは、どうしようもなく、嬉しいことだった。

「…でも…」
「うん」
「あんた以上に大切なもの…やっぱりない」
「…うん」

嬉しそうに微笑んでくれた月子が愛しくて、俺は大切なものごと、月子を抱きしめた。




ありがとう。

なによりも大切なひと。




(…僕たち、邪魔かな)
(招待されたはずなんですけどね)
(でも仲がいいのは良いことだぞ)
(悪いとは言ってないけど…)
(…まぁ、今日は大目に見ましょうか)
(幸せそうで何よりなのだ!)


end



四季誕生日おめでとう!


20111205




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