孤独を包む12の星座
いなくなればいいと思った。
彼女のその瞳に映る俺以外の人間が、この世界から消えてしまえばいい。
そんな世界を、俺は望んだ。
「…お腹すいた」
食堂に足を運ぶと、そこには誰もいなかった。
いつもの喧噪に包まれている空間は、不自然なほど閑散としていて、食事だと言い張りながらパフェを頬張る宮地の姿もない。
それをからかう木ノ瀬も、心配そうに見つめる金久保先輩の姿もなかった。
俺の足音だけが響く校内。
誰もいない廊下を抜け、保健室に足を運ぶ。
扉を開けても、そこには冷たい空気しかなく、職務怠慢なこの部屋の主も、熱血漢な天文科の担任も、何かと理由をつけては遊びに来ている教育実習生の姿もなかった。
しばらくその場に立ち尽くし、気付いた時には扉を閉めて外に出ていた自分がいて。
扉に触れていた俺の手は、わずかに震えていた。
校舎に戻り、一気に5階まで階段を上る。
知らずに足早になり、俺は生徒会室に続く扉を勢いよく開けた。
『おう、四季じゃないか』
『いらっしゃい、神楽坂くん』
『ぬ、神楽坂先輩!』
いつもかけられたそんな言葉も、今は聞こえない。
がらんとした生徒会室の奥にある窓の向こうに広がる空の青が、ひどく暗いものに見えた。
足取りも重く、階段をゆっくりと降りながら携帯を取り出す。
遠く離れた土萌に繋がる番号は、存在しないものとなっていた。
気付けば俺の足は、3階にある2年天文科の教室の前で止まっていて。
彼女のいる教室。
彼女との“あたりまえ”を大事にしていた東月と七海のいる教室。
そこへと続く扉を開ければ、そこにいたのは彼女だけだった。
「四季くん」
「みんないないよ」
「どうして探してるの?」
「四季くんが望んだ世界なのに」
「なのに、どうして」
「どうして、そんなに」
いつの間にか隣に座っていた彼女に向かって、俺は手を伸ばした。
「四季くん。おはよう」
「……うん」
ふふ、と微笑み、彼女は手にしていた本をぱたんと閉じる。
頬に触れればくすぐったそうに眼を閉じ、俺の手にそっと自分のそれを重ねた。
「……俺、また寝てた?」
「ぐっすり。…とは言えないかもしれないけど」
寝てたよ、と言うと、触れていただけだった俺の手をきゅっと握る。
「どうして、そんなに寂しそうなの?」
夢の中の彼女と同じ言葉を、月子は口にした。
不安そうに見つめてくる瞳さえも慈しむように、俺は月子の瞼に口づける。
「…俺は」
「うん」
「この世界には、あんたしかいらないと思った」
「…うん」
「でも…そんな世界は…」
彼らを探していた。
いて欲しいと願っていた。
俺の中に、たくさんの人がいて。
「あんたしかいない世界は…寂しかった」
ふわりと俺を包む、優しい感触。
耳元で刻まれる鼓動に、ぎゅっと身を寄せる。
当たり前だよ、と俺の頭をなでる手は、ひどく優しいもので。
「四季くんはもう、1人じゃないんだもん」
心地よく響く月子の声に、そうかと呟いて、俺はまた眠りに落ちた。
食堂に、宮地と木ノ瀬と金久保先輩。
保健室には星月先生と陽日先生と水嶋先生。
生徒会室には不知火と青空と天羽。
天文科の教室に、東月と七海と土萌が揃っていて。
そして、俺の隣で。
「これが、四季くんの望んだ本当の世界だよ」
月子が、幸せそうに笑っていた。
孤独を包む12の星座
(隣には、月)
end
呼び方とか
普通にしてみました。
シリアスなので。
20110227