ずっと、隣にいてくれた。


彼女に追いつきたくて、僕は必死に背伸びをした。
彼女に簡単に会えなくなることをわかっていながら、僕はパリへの留学を決めたのだ。
自分の絵を試すため。
僕の彼女への気持ちを試すために。

「…日に日に、大きくなってる気がする」

自分の部屋でデッサンを描きながら、ぽつりと呟く。
留学して2年。
僕はあの頃より、彼女に近づけているだろうか。
気持ちばかりが大きくなっているみたいだ。

ハリスに「瞬は頑張りすぎだよ」と言われたけれど、僕にはそう思えなかった。
彼女に追いつくためには、もっともっと大きくならなきゃ、と思っている。
大きくなったのは、身長と彼女への気持ちばっかりだ。

「瞬」
食事が終わったあと、僕がいつものように自室に籠ってデッサンをしていたとき、部屋の外からハリスが呼ぶ声が聞こえた。
時計を見ると、夜の10時を過ぎている。
珍しいな、と思い、ドアノブに手をかけると、思いもよらなかった声が聞こえた。

「…瞬くん」

ドクン。
心臓が跳ねる。
どうして、なんで。
この声を、僕は知っている。
でも、こんな弱々しい声を、僕は知らない。

震える手でドアを開けた先に立っていたのは、にっこり笑っているハリスと。

「…ひめ、ちゃん?」

愛しい愛しい、彼女。

久しぶりに見た彼女は小さくて、弱々しげで、今にも泣きそうな顔をしていた。
「どうして…」
「瞬に会いたくて、来ちゃったんだって」
クスクスと笑うハリスに視線を向ける。
「…言っておくけど、僕もビックリしたんだからね」
友達の家にでも泊まってくるよ、と言って、終始にやけながらハリスは出掛けていった。

沈黙が流れる。
彼女に久しぶりに会えて嬉しい僕と、泣きそうな彼女に戸惑っている僕がいた。

まだ足りないかな。
僕は、まだ。
君に追いつけていないかな。
君はいつも強くて。
僕を守ってくれてた。
だから、今度は僕が。
守っていきたくて。

そんな泣きそうな顔。
させたくないのに。

「…ひめちゃ」
ん、と呼ぼうとしたら、腹部に来た衝撃に止められてしまった。

あたたかい感触。
やわらかい匂い。
僕の腕の中に、彼女が飛び込んできていた。

「置いていかないでよ、瞬くん」

震える声に、僕は何も言えなくなった。
言葉の意味がわからずに立ち尽くす。

置いていく?
僕が、君を?

違うよ。
いつもいつも。
置いていかれてたのは。

僕だった。

先を行っていたのは、いつも。

君、だったのに。

「瞬くんばっかり、先に行かないで」
「…ひめちゃん?」
「一緒に、歩いていこうって、言ったじゃない」
泣きながらも必死に言葉を紡ぐ彼女の背中に腕を回す。

抱きしめた彼女は、とても小さかった。

ああ、そうか。
君はいつも、僕と並んでいてくれて。
だから、君が見えなくて。
僕は前しか見ていなくて。

隣に君がいてくれてたことに。
君を置いていってしまっていたことに。
気づけてなかったんだね。

「…ごめんね」
ふるふると首を横に振り、僕の胸に顔を埋める彼女を、とても愛しいと思った。
愛しくて、尊い。

こんな気持ちを教えてくれたのは、君だった。

「僕はもう、ひめちゃんを守れるくらいに大きくなれたかな」

呟くように、彼女に尋ねてみる。
「…もう、じゅうぶん」
涙声で彼女は答えてくれた。




ずっと、隣にいてくれた。




(一緒に寝よ?)
(えっ!?)
(ハリスがせっかくどこかに行ってくれたんだし)
(…うん)
(…顔赤い。何か期待してる?)
(して、ない!)
(期待に添えるように、僕がんばるから)
(してないってば…っ)


end



3年後の瞬くんはまっすぐなエロになってるといい。







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