おまえでよかった


「もしも」の話が、現実に近付いてきたある日。

無性にあいつと話がしたくなった


『何?』
思っていたよりも遥かに不機嫌そうな声が聞こえて、一瞬怯んでしまう。
「…俺だけど」
『わかってるよ。出るか迷った』
はぁ、と盛大なため息が聞こえ、沈黙が走る。
…それにしては早く出たくせに。
昔の俺なら口に出していた言葉を飲み込んだ。
『時間とか、あるだろ』
「う…」
確かにこっちの都合で電話をかけたから、向こうは今は夜。
迷惑、だったか。
「…悪かった、かけ直す」
あいつが置いた日本の時刻を示す時計に視線を送る。
雅季なら、と甘く見すぎた。
『待ちなよ』
「は?」
鋭い声に、通話終了のボタンに置いた指が止まる。
『何か用があったんじゃないの』
「………」
『…雅弥?』
「あー、えーと。…特に」
誤魔化したわけじゃなく、本当だった。
自分でもよくわからない。
ただ話がしたかっただけで、何が話したかったとか、具体的なものはなくて。
黙っていると、深いため息が聞こえた。
『…もうすぐ戻ってくるんだろ』
「えっ?」
思いがけない言葉に、返す言葉をなくす。
というか、最初にあった刺々しい感じがなくなっていた。
『え、じゃないよ。式に2人がいなくてどうするの』
「あ、ああ…試合が終わったら帰るよ」
『そう』
「……」
気のせいじゃない、よな。
『雅弥?』
「何か、あったのか?」
『…え?』
「いや、な、なんとなくだけどさ…」
『………』
「…雅季?」
もう一度、深いため息。
そしてぽつりと呟く。
『…ちょっと、行き詰まってただけ』
「あー、えーと。脚本だっけ」
『このタイミングで雅弥かって、癪に障ったんだ』
「…完全な八つ当たりじゃねぇか…」
『こんな夜に電話かけてきたくせに。嫌味くらい言わないと気がすまないよ』
「ほんとにいい性格してんな、お前」
『誰かさんみたいに真っ直ぐじゃないからね』
電話の向こうで笑ってるのがわかる。
こんなに穏やかに会話したことなんてない気がした。

真っ直ぐな誰かとは、あいつのことだろうか。

『そういえば、彼女は元気?』
「あ、ああ。こっちにもだいぶ慣れて、さっき買い物行くって出てった」
『1人で行かせたの?』
「俺も行くって言ったら、練習で疲れてるだろうから今日はもう外出禁止だと」
くく、と笑いを堪えるような声が聞こえる。
「…なんだよ」
『いや…彼女、強いね…』
「ああ。…世話になりっぱなしだよ」
『いいんじゃないの。彼女にとっては嬉しいことなんだろうし』
「…そうなのか?」
『僕に聞かないでよ』
突き放すような言葉のくせに、声色が優しいのは、あいつの話をしているからだろう。
なんだかんだ言って、雅季はいつもあいつに甘いから。
『…真っ直ぐだな』
「へ?」
『彼女も真っ直ぐだけど』
ぽつりと聞こえた言葉に、違和感を感じる。
彼女も、ということは、他にもいるということで…
雅季は誰を真っ直ぐだと言っているのか。
考えるまでも、なく。
「…真っ直ぐって、俺も?」
『彼女の他に誰がいるの』
「いや、まぁ…俺か…」
なんだか照れくさくなって、声が小さくなっていく。
そんな俺の耳に響くのは、穏やかな声。
『まさか雅弥が、何かあったのかって、僕の心配をするなんてね』
「…雅季も、まさか素直に言うなんてな」
『いいだろ、言ったって』
「悪いなんて言ってねーよ」
少しの沈黙のあと、なんだかおかしくなって吹き出すと、同じタイミングで雅季も笑った。
『揚げ足取り合って…』
「昔なら、もう電話なんて切ってるな」
『そうだね』

俺たちは、大人になって少し変わった。

変わることができた。

それは、きっと。

『きっと』

あいつのおかげなんだろう。

『彼女のおかげなんだろうね』

ふと枕元に目をやると、そこにはイタリアで撮ったふたりの写真。
その中で笑うあいつに、自然と頬が緩まる。
「…そうだな」
『まぁ、僕たちだけじゃないけどね』
「あのバカ兄貴まで変えなくてもよかったのにな」
『すぐにでもイタリアに飛んでいきそうらしいよ』
「…あの妹バカ…」
そう呟いたあと、しばらく声が聞こえなくなる。
まぁいきなり切ることもないか、と向こうが話し出すのを待った。
『…あのさ』
「ん?」
『さっきは癪に障ったとか言ったけど…やっぱり、雅弥でよかった』
「…ああ」

俺は、もうすぐ結婚する。

初めて愛した人と。

おまえが大切に思っているあいつと。

「…雅季」

たぶん、俺は。

祝福して欲しかったんだ。

おまえから、一番に。

「幸せに、する」

ふ、と笑う声が聞こえた。

『…出来なかったら、裕次兄さんに言いつけてあげる』
「地味に嫌だな、それ…」
『自信ないの?』
「…いい性格してんな、ほんと」
『お互い様でしょ』

なんだかおかしくなって、声を出して笑ってしまった。

『…おめでとう』

「…ありがとう」

なぁ、雅季。

今なら思うよ。

『…いま』
「ん?」

俺の、片割れが。

『同じこと、考えてない?』
「…さぁな」




おまえでよかった。




(ただいまー)
(おう、おかえり)
(あれ、電話してたの?)
(ああ)
(…誰に?)

(…お前の次に大切なやつ)


end



雅季「きみでよかった」
連動です。

いちばんのライバルで
いちばんの理解者。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -