きみでよかった


「もしも」の話が、現実に近付いてきたある日。

無性に彼と話がしたくなった。


『んだよ』
返ってきたのは少し機嫌の悪そうな声。
時差を考慮して電話をかけたっていうのに、考えた時間は無駄だったようで。
「…僕だけど」
『わかってるよ、名前出てたし』
ぶっきらぼうだけど、ちゃんと返事をしてくれる。
どうやら僕にイラついているわけでは…
『…つーか。このタイミングでお前ってむかつく』
…僕だったか。
「かけ直そうか」
『別にいいよ。…ただの八つ当たりだし』
「…素直に言うところが雅弥らしいよね」
『うるせーよ!』
すぐに熱くなって言い返すところも雅弥らしい。
これを言うと、絶対に今より機嫌が悪くなるので言わないけれど。
まぁ、一言で言えば。
『…お前、単純だとか思ったろ』
「……」
無言の肯定。
どう返しても、言い返される図しか浮かばない。
黙っていると、はぁ、と向こう側から諦めたような短いため息が聞こえた。
『で?何か用かよ』
「…いや、別に」
『はぁ!?なんだよそれ…』
自分でも、よくわからなかった。
ただ話がしたかっただけで、何が話したかったとか、具体的なものはない。
『…心配しなくても、試合が終わったら帰るし。式には間に合わせる』
「…そう」
『それが言いたかったんじゃねぇの?』
「ああ、うん。そうだよ」
肯定しておく。
自分が電話した理由ははっきりとはわからないけど、このまま切るのも何かが違うと思った。
何か他の話題がないかと思考を巡らせる。
『雅季?』
「…ああ。そういえば、何かあったの?」
『あ?』
「機嫌、悪いんだろ」
『…別に、ちょっとチームメイトと言い合いになっただけだよ』
ふぅん、と返すと、ふっと鼻で笑う声が聞こえた。
あまりにも優しい声だったので、驚いてしまう。
『お前が俺のこと気にかけるなんてな。昔じゃ考えられなかったろ』
「…そう?」
『自分以外はどうでもいいってやつだったじゃん』
らしいとは、言ったけれど。
「…はっきり言い過ぎじゃない」
『本当のことだろ』
「…雅弥だって、昔は無神経の塊だったじゃないか」
『なっ!そこまでじゃねぇよ!』
「どうだか。それが原因で、よく彼女と言い合いになっていたし」
『お、お前だって、似たようなもんだったろ!』
「僕は違う」
このままいけば本気で言い合いになり、嫌な気分のまま電話を切りそうだと思ったので、僕は黙った。
向こうもそう思ったのか、言葉が返ってこない。
こういうところは、お互い大人になったんだなと感じるところだ。
少しの沈黙のあと、ふは、と笑う声。
堪えきれなくて、思わず笑ってしまったというような。
「…雅弥?」
『わり。なんか、大人になったなって急に思った』
同じことを、雅弥は言う。
『昔だったらもう少し言い合って、お互い機嫌悪くして、電話なんて切ってただろ』
「…だろうね」

僕たちは、大人になって少し変わった。

変わることができた。

それは、きっと。

『きっと』

彼女のおかげなんだろう。

『あいつのおかげなんだろうな』

ふと隣に視線を送る。
気持ち良さそうに眠る彼女の髪を撫で、自分が自然と微笑んだのがわかった。
「…そうだね」
『ま、俺らだけじゃねぇけどな』
「ああ。…裕次兄さんなんて、本当に結婚するのかって未だに聞いてくるよ」
『バカ兄貴は妹バカでもあるからな…』
そう呟いたあと、しばらく声が聞こえなくなる。
まぁいきなり切るなんてことはないだろうと思い、向こうが話し出すのを待った。
『…てゆーか、さ』
「ん?」
『さっきは、むかつくとか言ったけど…やっぱ、お前でよかったわ』
「…うん」

僕は、もうすぐ結婚する。

初めて愛した人と。

きみが大切に思っている人と。

「雅弥」

たぶん、僕は。

祝福が欲しかったんだ。

きみから、一番に。

「幸せにするから」

ふ、と笑う声が聞こえた。

『…出来なかったら、ぶん殴ってやるよ』
「そんなことないと思うけどね」
『相変わらずむかつくやつだな』
「お互い様でしょ」
『…違いねぇ』

なんだかおかしくなって、声を出して笑ってしまった。

『…おめでとう』

「…ありがとう」

ねぇ、雅弥。

今なら思うよ。

『…今さ』
「なに?」

僕の、片割れが。

『同じこと、考えてたりしてな』
「…さぁね」




きみでよかった。




(雅季くん…?)
(ああ、起こした?)
(ううん…電話してたの?)
(うん)
(…誰に?)

(きみの次に大切な人)


end



いちばんのライバルで
いちばんの理解者。

雅弥の話と
連動してます。







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