囚われた背中


筆の滑る音が部屋に響く。
絵を描いている間の彼が無言なのは、いつものこと。
集中してるからこそ、他のことに気が回らない。
会話だってないけど、それは彼が集中している証。
それに気付く前までは、この空気に悩んでいたけれど。

その甲斐あってか、今では彼の手の止め時までもわかってきた。

背後から聞こえる深いため息に、私も肩から力を抜く。
一糸纏わぬ体にシーツを巻きつけて後ろを振り向くと、瞬くんが優しい笑みを浮かべて私を見つめていた。
「…恥ずかしいよ」
「ごめん…」
ちっとも悪いと思ってなさそうな顔をして、私をすっぽりとその腕の中に収める。
「…やっぱり、きれい」
なんて、囁くから。
真っ赤な顔を隠すために、私は彼の胸に顔を埋めた。

男の子じゃなくて、男の人になった瞬くん。
昔と変わらずに絵に真剣に打ち込む彼だけど、外見はだいぶ変わってしまった。
私を包む腕も胸も、男の人。
今まで離れて暮らしていただけに、瞬くんにドキドキする頻度も明らかに増えた。

「…寒くない?」
「うん、大丈夫。…ね、瞬くんの描いた絵、見たい」
「まだ、だめ」
「えー」
「…もう少し、がんばって?」
ちゅ、と啄むようなキスを唇に落とし、ふんわりと笑う。
私がドキドキしてることを、わかってるんだろうか。
「…どうして、背中を描かせてなんて言ったの?」
「…?」
覗き込む瞬くんの顔を見つめながら、無意識にシーツを握る手に力を込める。
「…前にも、描いたから…」
「うん」
「どうして、また?」
「……確認、したかったから」
確認?と聞き返そうとすると、微笑む瞬くんは私の唇に人差し指をあて、続く言葉を制した。
何も言わずにさっきの場所に戻り、彼はまた絵を描く準備を始める。
私もそれ以上何も言わず、瞬くんに背中を向けてシーツを下ろした。

どのくらいの時間が経っただろう。
恥ずかしいからと閉めたカーテンの隙間から零れる光が、オレンジ色に変わっていた。
カラン、と筆を置く音が聞こえて、深いため息が続く。
それを合図に私はまた力を抜き、シーツを体に巻きつけた。
今度は振り向く前に強く抱きしめられる。
「瞬くん?」
「…ちょっと、我慢してた」
少し掠れた瞬くんの声が、私の耳の奥を刺激した。
首筋にかかる吐息がくすぐったいのとは別の感覚を連れてきて、思わず声が漏れる。
「…可愛い声」
「い、言わないで…っ」
クスクスと笑う瞬くんの腕の中から逃れ、彼の描いた絵に視線を向けた。
瞬くんを見るとふんわりと微笑んだままなので、見てもいいという意味だと取り、絵に近づいていく。

「…わ」

私がモデルだということも忘れて、きれい、と呟いてしまった。
あの頃よりも滑らかで、いくらか成長した背中。
それは、画家としての瞬くんが成長している証でもある。
触れてみたい、と思ったけれど、まだ乾ききってない油絵の具に止められ、瞬くんの手を握った。

「…何を、確認したの?」
絵を見つめたままの瞬くんに、ぽつりと呟く。
「……翼」
「翼?」
ふ、と微笑み、瞬くんは視線を私に移した。
「3年前は…見えた気がした、から」
「?」
「…思ってたんだ…ひめちゃんは、僕から飛び立っていっちゃうんだって」
だから確認した、と私の背中に触れる。
「瞬くん…」
そのまま私を抱き寄せて、髪に顔を埋めて瞬くんは笑った。

「でも、なかった」

嬉しそうに、私を抱きしめる腕に力を込める。
やっぱり吐息がくすぐったくて、逃れようと身を捩った。
「だめ」
「く、くすぐったいんだもん…」
「…可愛い」
クス、と笑うと、そのまま私を軽々と抱き上げる。
ベッドへ優しく降ろされ、ゆっくりと押し倒された。
「しゅん、くん…?」
「絵が乾くまで…いい?」
聞いたくせに、返事を待たずに唇を塞ぐ。
すかさず私の体を隠しているシーツに手をかけた。
「…どのくらいで乾くの…?」
「…長くて3日、かな」
「え…」
「乾くまでだから…ね?」
返事なんて関係なくて。

瞬くんは私を離さない。

「逃げたい?」

そんなこと、言って

逃がす気なんてないくせに。

視線を横に移すと、

そこには、描かれた『私』。

「…閉じ込めておいたけどね」




囚われた背中




(翼が生えたら、僕が抜いてあげるね)
(恐いよ!)
(そもそも外に出られないように、閉じ込めちゃおうか)
(た、楽しそうに話さないで…)
(…じゃあ、ずっと傍にいてくれる?)
(……か、可愛い…っ!)


end



瞬くんはヒロインに対しては
ものすごくオープン!

子どもじゃないって言うくせに
年下の武器を最大限に使う!

…イメージ。







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