ありがとう


「…錫也?どうしたの?」
電話の向こうから聞こえる落ち着いた声は、前よりもずっと大人っぽい。
一言だけ、と言って告げられた言葉に、僕は隣に座る彼女を見つめる。
「…ありがとう、錫也」
僕がそう言って電話を切ると、月子は嬉しそうに笑みを深めた。

「…なーんだ、哉太か」
少しだけ、本当に少しだけ、面倒そうに彼の名前を呼ぶ。
これが僕の哉太に対する決まったスタンスで、星月学園を卒業して幾年が過ぎても、それは変えられない。
電話先でぎゃあぎゃあと文句を言いつつも、最後には錫也と同じように、一言だけ、と小さな声で言葉を残し、電話を切った。
隣に立つ彼女を見れば、困ったねと言うかのように、それでも幸せそうな笑みを浮かべている。


そんな彼女の頬に、キスをひとつ贈った。


「あ、神楽坂だ」
メールの中の簡潔に綴られた文章に、彼らしさが表れているようで、思わず吹き出してしまう。
一緒に見ていた月子も同じことを思ったのか、可愛い声で小さく笑った。

「見て、月子。木ノ瀬とぬの人は写真付き」
本当だね、と月子は微笑む。
なんだかよくわからない発明品を抱えるぬの人と、それを背景に自分撮りした木ノ瀬のツーショット。
相変わらず仲がいいなぁと呟いた彼女の腰に手をまわし、グッと引き寄せる。
「…僕らほどじゃないけどね?」
そう言った僕の胸に顔を埋め、月子は小さく、うん、と頷いた。



それから、今日という日を迎えた僕へのお祝いの言葉が、いくつもメールで届いた。
ひとつひとつにお礼を返し、落ち着いたところでベッドに彼女と並んで転がる。
もうすぐ今日が終わろうかというギリギリの時間に、サイドボードに置いておいた携帯が鳴り響いた。

「…父さん」
電話の向こうから聞こえる元気な声に、自然と溜め息が零れる。
「うん、もう寝るとこ。いつも通りだよ」
仕事場で会ったのにも関わらず、僕の調子を尋ねてくることもいつも通りだ。
突っ走るようにまくし立ててくる言葉が止んだかと思えば、次に聞こえてきたのはやわらかな声。
「母さん。…父さんは相変わらずだね」
そうね、と笑う母さんの声を聞きながら、僕は月子の手を握る。
「…ありがとう」
きゅっと握り返してくれたその手の甲に、そっとキスを落とした。
「…母さん?」
そう尋ねると、返ってきた声色は、はっきりとした男性のもの。
父さんのものだった。
「………」
…父さんは、ずるい。
いつもは月子と一緒にいるところを邪魔してきたり、母さんと仲良くしている場面を見せつけてきたりするくせに。
…こんなときは、真面目なんだから。
「……ありがとう、父さん」
フランス語でおやすみの挨拶を交わし、電話を切った。


「…お父さん、何て?」
「……“生まれてきてくれて、ありがとう”だって」
僕が少し頬を膨らませながらそう言うと、月子はクスクスと笑いながら僕に身を寄せる。
そんな彼女を抱き寄せ、こつんと額同士を合わせた。
「たくさんの人が、羊くんの誕生日をお祝いしてくれたね」
「…うん」
「そのことが、すごく嬉しい」
「……」
「こんな嬉しい日に一緒にいられて、幸せ。羊くんが会いに来てくれて…迎えに来てくれて、幸せだよ」

…幸せなのは、僕だよ。
そう伝えるために、僕は月子の唇を優しく塞ぐ。

本当に、心から幸せそうに笑ってくれるから、僕は泣きそうになった。

嬉しくて、幸せで、その言葉を言いたいのは僕の方なのに。

「僕をこんなに幸せにして、どうするの?」

どうしようかな、なんて言って微笑む彼女の額に、キスを落とす。

ぎゅっと抱きしめるぬくもりは、幸せそのもの。

「誕生日おめでとう、羊くん」
「……うん」




ありがとう。

きみに出会えた奇跡を、忘れないよ。




end


羊くん誕生日おめでとう!



20120112






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