終わり

 世界が終わるね、と彼女は微笑んだ。
 一瞬だけ彼女の言っている言葉の意味が理解できなくて、反応が遅れる。彼女はときどき、話の流れと全く関係のない他の話を唐突に挟んでくるのだ。今も、アイスの味の好みの話をしていたはずなのに。
「世界が終わっちゃうのは、少しさみしいね」
 彼女は何かを思い出しているようだった。きっと、僕の知らない彼女の過去について、考えているのだろう。
「そうかな」
「そうだよ、だって」
「うん」
 僕の適当な相槌は少し彼女の癇に障ったらしかった。ちゃんと聞いてる、と鋭い視線で彼女は僕を睨みつけた。
「だって今まで生きてきた世界はぜんぶ、今日までで終わりを迎えるんだよ、わたしの全部は明日になったら過去になっちゃう」
「今より前は、全部過去だよ」
「そういうことじゃないの」
 橋場くんっていつもそうよね、と彼女が言った。
「そうかなあ」
「なんにも分かってないんだもん」
「そいつは悪うございました」
「話進めていい?」
 話を勝手にやめたのはそっちだろうと言いかけたのを何とかこらえて、僕はどうぞ、と頷く。
「明日から新しい時代が始まるわけでしょ。そしたら、わたしのこれまでの人生はひとつにまとめられちゃうの、一瞬で。平成の瑞希は、って」
「そうかなあ、そんなことないと思うけど」
「そんなことないと思いたいけど、そうなの」
「うーん」
「だって、わたし、一括りにされない自信のある人生、送れなかったもん。平成のあいだ」
 彼女の面倒な屁理屈は慣れっこだけれど、今日の彼女はいつもに増して悪い方へ悪い方へ考えているように思えた。面倒と嫌いは違うのだ、と僕は思う。それを力説すると、僕が面倒な瑞希を好きだと言っているみたいで嫌だから、言わないでおくけれど。
「少なくとも。僕の中の瑞希は一括りじゃないけどね」
「そう?」
「僕の知っている瑞希と、知らない頃の瑞希と、大きく分けても一つには括られない」
「屁理屈じゃない?」
「瑞希が言える立場じゃないでしょ」
「……まあ」
 珍しく瑞希が素直なので、思わず笑みをこぼしてしまう。
 零れた笑みを逃さない瑞希が、何笑ってんだとすかさず僕を軽く叩いた。
「僕の知っている瑞希が形成されるまでに、僕の知らない瑞希が色んなことを考えて、動いて、生きて来たんでしょ。そう考えれば地続きではあるけど、どっちにしたって一つに括れるという意味にはならないでしょ」
「うん」
「初めて行ったディズニーランドの帰り、お姫様になりたいって言って泣いた瑞希のこと、知らないし」
「え、それ誰情報」
「お母さん」
「あいつぅ……」
 恨めしそうな顔をしてるけど、瑞希と瑞希のお母さんが大の仲良しなのも僕は知っている。
「今でもお姫様、なりたい?」
「……ちょっとだけ」
 照れながら、でもきっと、彼女の言うところの過去の、自分を恥じているわけじゃないんだろうなと言うことは分かった。愛おしいな、と思う。
「僕のお姫様になら、なれるけど」
 平成でいちばん、恥ずかしいこと言ったな、と思った。ぽかん、と口を開けた瑞希の顔がこっちを向いていて、顔が熱くなる。
「ね、何今の」
「うるさい」
「ねえ〜、橋場くん?」
「うるさい、黙って」
「橋場陸くん、今のってもしかして告」
「黙れって」
「黙らないから、口塞いで?」
 瑞希の勝ち誇った顔にむかついて、僕は、仕方ないな、やれやれって顔で瑞希の口を塞いだ。彼女の世界を終わらせるのが、僕だけであればいいなんて思いながら。



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