夏祭り

「夏祭りの日、空いてる?」
 松田が僕にそう尋ねたのは、八月の一週目の月曜日の昼間だったと思う。その日も僕らは文化祭の準備――を言い訳に、二人で校舎裏の日陰でくだらない話をしたり、解放されている保健室で涼んだりして一緒の時間を過ごしていた。
「夏祭り、って……どこの?」
「富岡八幡宮。俺、青島の浴衣見たいなあ」
「まだ行くって言ってないんだけど!」
「ええ、行くでしょ、青島は」
「……まあ」
 正直、松田が祭りに誘ってくれるなんて思ってもみなかったから現実味がない。僕、浴衣持ってたかな。地元の祭りに特別味を感じたことがなかったから、いつもTシャツに半パンで屋台を覗いたりしてたと思う。浴衣なんて僕の記憶の限りでは着ていないし、多分、持ってない。
「それとも、もう先約アリって感じ?」
 いつもより自信のない顔で松田がそう尋ねる。なんだか信用されていないように感じて、僕は顔をしかめた。
「はあ? そんなわけないだろ」
「だよな。流石にそれは俺でも怒るわ」
「松田が怒るとこ、見てみたいけど」
 そう言って、笑う。他の奴といたら怒る、なんて言ってくれることが僕には嬉しい。それってつまり、嫉妬だろ。松田が僕を好きでいてくれてるのが分かって、なんだか安心する。
 もしかしたら、それは普通じゃない感覚なのかもしれないけど。そもそも僕は普通の恋愛なんて知らないし、というか僕からしたら今必死で捕まえているこの感情こそが「普通」だ。
初めて松田に怒鳴られた日、松田は僕に好きだと言ってくれた。松田が怒るのは、松田が僕を好きだから。……なんて、自惚れにもほどがあるかな。
「明日から俺、実家だから。一週間ちょっと会えないんだ」
思ってもみなかった言葉に、えっ、と声が漏れる。明日から、俺、実家だから? なんだそれ、初めて聞いたんだけど。
「……そうだったの?」
「言うの忘れてたわ。ごめん、お土産何がいい?」
「えーっと……出身どこだっけ?」
「大阪。ま、適当に買ってくるわ」
「……うん」
 言うの忘れてたって。ちゃんと言えよ、忘れんなよ。なんでそういう大事なこと忘れちゃうかなあ。この、バカ。
「あっ、もしかして寂しい? ごめんって。なんだよ、一週間くらいなんだから大丈夫だって。それか、毎晩電話でもしようか? 寝る前に、おやすみー、とかいうやつ」
「……うん」
「え、マジで電話する? 俺はいいけどさ」
「じゃなくて。……寂しいんだよ。馬鹿」
 恥ずかしくて死にそうだ。余裕そうな松田にもいらいらするし、それでもこんなことを言ってしまう自分も嫌だ。松田は寂しくないのかよ、なんて思うけど、そこまでは言えないのは自信のなさの表れだ、多分。
 松田の顔を見るのが恥ずかしくて、俯いたまま「僕、帰るね」と言って立ち上がった。恥ずかしさで顔が熱いのか、それとも夏の暑さのせいなのか分からなくなって、だから、今日が暑い日で良かったなんて思った。暑さのせいにできる季節で、良かった。
「待ってよ」
 松田が僕を声だけで引き留める。知るか、と歩き出そうとしたら今度は腕を掴まれた。
「……俺だって、寂しいに決まってんじゃん」
「そうかよ」
「絶対信じてないじゃん」
 松田が笑う。ね、と僕の肩をぐい、と引っ張って松田が僕と無理矢理目を合わせた。
 相変わらず、松田はかっこいい。こんな時でさえそう思ってしまうのがちょっとだけ嫌だった。
「……余裕なのが、ムカツク」
 僕の言葉に、松田が、ちょっと嬉しそうにした。ああ、やっぱり、ムカツク。僕はしかめっ面で、またそっぽを向いた。
「俺はね、今、青島が可愛くて可愛くて、どうしよ、って思ってる」
「は?」
「青島、基本的に何にも言ってくれないから。俺ばっかり好きじゃん、いつも」
 そんなことない、と言おうとすると松田にすぐに遮られた。
「結局、キスしてくれないし」
「そっ……れは」
「何? 何か理由でもあるわけ」
「……」
「まあそれはいいけど。そんな青島がさ? 寂しいって言ってくれたのが俺、嬉しくて。でもなんか、俺ばっかり好きだったら青島、引くかなって思って。だから頑張って、余裕っぽく見せてた」
 余裕っぽく見えたのは大成功だったけど、青島に信じてもらえないのはヤダ。そう言って、松田はぺろっと舌を出した。
「……ちゃんと、好きだよ」
「うん、ありがと。青島」
「っていうか、告白したの、僕だし……」
「逃げたじゃん! 途中で!」
「それはそれ、これはこれだよ! 松田が思ってるよりもずっと僕は松田が好きだし、実家帰るの知らなかったのも嫌だったし会えないのは寂しいし、夏祭りだって、松田と行けるの、嬉しかったのに。先約なんてあるわけないだろ、バカ!」
 勢いに任せて言ってから、しまった。と思った。
 松田のほうこそ、引いてるんじゃないかな。それに、いつの間にこんなに僕はわがままになったんだろうって自分でも驚いた。
「……えっと」
「青島」
「ん?」
「電話、するから。絶対出て」
「え? うん」
 そらしたままだった視線を松田のほうに向けると、松田はちょっと赤くなっていた。
「松田、照れてる?」
「……暑いだけだって。もう、中入ろ」
 暑いのはただの言い訳だって、僕は知っているんだけど。
「うん。一緒に帰ろうか」
 いつも余裕な松田の、少し優位に立てた気がして、からかうのはやめた。
 手は繋がなくても、肩が触れる距離が心地いい。駅までの道を、二人でゆっくり歩く。
「夏祭りのこと、あとで電話するね」
 駅に着く間際、僕がそういうと松田が嬉しそうに頷いて、俺、浴衣新調するわ、と言った。
 歩いて帰れる距離にある自分の家が少しだけ恨めしくなった。このまま、一緒に電車に乗って帰れたらよかったのに。
 じゃあ、といつものように駅前で、手を振る。一週間くらい会えないのか、と思うとやっぱり寂しかった。だけど、仕方ない。またすぐ会えるんだから。しかも、お祭りで。
 ……しかも、浴衣姿で。
「じゃあな、青島!」
「うん、またね」
 僕も浴衣があるか、確認しないと。そう思って、僕は家路を急いだ。


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