少年の初恋について
ずっと忘れられない、今から10年くらい前の出来事。俺は、近所に住む高校生の「向井さんちのお嬢さん」が好きだった。
下の名前も知らないその人のことを初めて見たのは、小学校3年生の時だった。今でも、はっきり覚えている。そのころ東京から大阪に引っ越して間もなかった俺は少し早めに学校に着くように家を出ていて、向井さんーーあとで知ったのだが、由美さんというらしかったーーとちょうど家を出る時間がたまたまその日、一緒だったのだ。少し前を歩く由美さんの、膝丈のスカートに何だかどきどきした。同級生の女の子が履くスカートはみんな短くて、ヒラヒラしたものばかりだったから、制服のスカートというものが特別に感じられたのだと思う。由美さんが履いていたから、というのも、少なからずあったとは思う。
「あれ、最近越してきた子?」
由美さんは俺にそう聞いた。標準語で、少し驚いた。俺は咄嗟に首を縦に振った。
「この辺はご近所同士仲良しだから、きっとそのうちまたお話しすることになると思うよ」
「……うん」
にこっと笑って、じゃ、私こっちだからと由美さんは右の道に逸れた。綺麗な声のひとだな、なんて思ったりして、忘れられなかった。
それから何度か由美さんとは一緒に歩いたりして、由美さんはもしかしたら俺のことを弟みたいに思ってたかもしれないけれど、俺は、由美さんがどうしても好きだった。
幼いなりに悩んだりして、結局好きですなんて言えなくて、そのまま由美さんは何処かへ引っ越してしまった。俺が由美さんの名前を知ったのはそのあとで、母親が言った「そういえば由美ちゃん、東京に戻ったらしいよ」残念だったねえ、仲良くしてもらったのに。そんな一言で俺はあっけなく名前を知ることができた。
だから、というわけではないけれど。
俺はまた上京して、大学に入学した。別に由美さんに会えるとも、会いたいとも思ってるわけじゃない。だけど、どこか、俺の中でずっと引っかかっている。
初恋は叶わないって言うもんな。
早く好きなひと、見つけないと。
それでも、もう大人になってしまったはずのあの人の背中をいつまでも追いかけてしまっている。