ソーダアイスを添えて

どこまでも高い碧空に吸い込まれそうになる。太陽が眩しくて、空を見上げたら目を開けることは出来ない。ぎゅっと目を閉じてしまえば、暑さがさっきよりも激しく感じられる。肌が焼けていく、体内の水分がどんどん奪われて、意識も遠のきそうだ。
夏。
夏だ。遠くで聞こえる野球部の走り込みの掛け声も、煩いくらいの蝉の声も、全てが夏を物語っている。夏は好きだけど、暑さは耐えがたい。誰だってそうだろう。この気温で、湿度で、「涼しいね」なんて言ってのける人がいたら、それは多分人間じゃない。砂漠に住む人でも、この暑さにはきっと音を上げる。
「青島、いつまでそこにいんの?」
声をかけられて、振り返る。松田だ。松田は食べかけのソーダのアイスを右手に、校舎の壁に寄りかかっていた。日陰の範囲でしか行動しない松田は、日なたでぼーっと立っている僕を不審に思ったみたいだった。
「今、戻るとこだった」
「嘘つけ。声かけなきゃずっとそこにいただろ」
松田が愉快そうに笑う。校舎裏のここは、いつもなら女子が休み時間に集まって話したりするのに使われているけれど、夏休みにはさすがに人はいない。わざわざ学校で会わなくても、最近話題のパンケーキだの、新作のラテだのを口実にしていつだって会えるしね。しかも、日差しもなくて涼しい店内で。
松田がガリ、と持っていたアイスを噛んだ。水色のそれが涼しげに松田の手に収まっている。あまりにもじろじろ見すぎたからか、松田が僕に食べかけのアイスを差し出してくる。
「ちょっと食う? けっこう冷えるよ、体」
ごく自然に出された手に、そのアイスにどきっとしてしまう。アイスから目線を外すと、松田と目が合う。ちょっとだけ、恥ずかしい。松田はなんでもないって顔で首をかしげた。頬を伝う汗が何となく色っぽくて、僕はまたどきどきしてしまう。
「どした?」
「……あ、ううん、もらうね」
僕はなんでもない風を装ってアイスを口に運んだ。思ったよりも、アイスは溶け始めている。口の中で、あまりにもあっさりと溶けてしまって、甘さだけが舌に残る。
「どう?」
「ん。甘い」
そう言うと、松田はそれだけかよ、と言ってその場に座り込んだ。
「もうさ、この天気じゃ立ってられないよ。疲れるし」
「松田、体やわすぎない? 高校生男子とは思えないんだけど」
言いながら、僕も肩が触れるか触れないかくらいの距離で隣に体育座りをした。
「青島は人のこと言えないだろ、運動できないし」
「うるさいなあ、いいんだよ僕は。運動は他の人がやってくれるから」
「なんだそれ」
二人で顔を見合わせて噴き出す。
何でもないことが、松田といるだけで楽しい。いつまでもここに座っていられるなと思った。それが今だけじゃなくて、これからも隣に座れたらいいなって思う。恥ずかしいから絶対、松田には言わないけど。
「教室戻る? 委員長に怒られちゃうかな」
秋の文化祭の準備を夏休みを使ってしているわけだけど、うちのクラスはやたら気が入ってて、今日も土曜日だっていうのに皆で集まってなにやら話し合っていた。あんまり話を聞かずに外に出てきたから、内容はよく知らないんだけど。
「今更いいよ。それに、青島と俺が抜けたとこで変わんないでしょ」
それより、と松田が笑う。思ったよりも近い距離にあった松田の顔が、ぐぐぐと近づく。僕は焦って身を引きながら、顔が赤くなるのを感じた。暑いからだ、多分。
「な、何」
「……なんだと思う?」
目と鼻の先に松田がいる。松田は僕の体に半分身を乗り出していて逃げられない。松田の眼に、僕は吸い込まれそうになる。僕はあわてて、でも内心心臓はバクバクで、分かんないよ、と早口で言った。
「青島は相変わらず、嘘つき」
分かってるくせに。そう言うと、松田は僕の顎に手をかけた。外なのに、とか、恥ずかしいとか、唇からのぞく赤い舌が妙にエロいとか、色んなことが頭に浮かんだけど、暑さで何も考えられなくなる。暑さのせいなのか、それとも、もしかしたら。
松田が僕の唇に軽くキスをした。ただ触れ合うくらいの、軽いやつ。柔らかくて冷たい唇が僕に押し付けられて、僕はその瞬間、呼吸を止めた。
気付いたら松田の顔は離れていて、松田は耳まで赤くしてそっぽを向いていた。僕も赤いんだろうか。どう? なんて、今聞けるわけがない。
「……嫌?」
松田はそう聞いた。僕はそんなことない、と答えた。
「じゃあ、青島からもしてよ」
松田が目を閉じる。返事をする隙も与えてもらえない。嫌とかじゃないけど、恥ずかしい。初めてだったし。上手くできるか分かんないし。
「まだ?」
不機嫌そうな声にいっそう慌てる。待って、だって僕やり方とか、手とかどこに置いておけばいい? 汗ばんだ手で松田の顔、さわれないよ。
「――もういい」
気付くと松田はそう呟いていて、次の瞬間僕は松田にワイシャツの襟元を思いっきり引っ張られてまたキスされた。今度は触れるだけじゃなくて、ちょっと長い。
「……ま、って」
「やだ」
頭がまっしろになる。冷たくて、甘い、アイスの味が口の中から消えていく。代わりに体の真ん中から何か熱いものを感じた。暑い、熱い、なんだ、これ。
唇が離れる。今度は気付いたら、とかじゃなくそのままの松田の顔がそこにある。松田は余裕そうな顔で、だけど少し不機嫌そうに僕を見ていた。
「まつだ」
「次はそっちからしてくれる? 青島」
青島、と僕を呼ぶ松田の声はその顔と裏腹に優しくて、僕は思わず頷いてしまう。
「そ? じゃあ、楽しみにしてるから。先、戻ってる」
松田は僕を置いて校舎の中に入っていってしまう。待って、と思ってから、今は恥ずかしくて隣なんか歩けないやと思い直す。松田も、余裕ぶってるけど恥ずかしかったのかな。もしかしたら。
「……次って、いつだろう」
夏休みはまだ長い。またこうやって二人でいることも、きっとある。嬉しいような、緊張するような。付き合ってから、それらしいことをしたのも今日がはじめてだ。
松田が次なんて言うから、気にしちゃうじゃないか!
僕は勢いよく立ち上がる。少しだけ、くらくらした。
暑さのせいか、――それとも。


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