巡逢
*********************
医者
女優(松山リコ、竹内)
マネージャー(中西)
お嬢様(真里菜)
執事(佐々木)
謎の男(時間、クロノス)
男(旅人)
人魚(シャーロット)
王様
召使
女将(あやか)
主人
姫様
王子(アルフレッド)
空間(プラスト)
神(ケイオス)
社長
*********************
【prologue】
女優「宇宙に人類が誕生して、どれぐらいの月日が経ったのだろう。」
男「これまでに、どれだけの命がこの世界に生まれ、そして生きてきたのだろう。」
空間「誰かと誰かが、同じ時代に生まれて出会う確率を、考えたことはあるか?」
女優「分からない。確率なんて」
時間「考えたこともない?」
男「つまらない人間ばかりだ、考える価値もない」
空間「本当に?」
お嬢様「知りたい。でも、何も知らない」
時間「教えてあげよう。何が知りたい?」
お嬢様「あなたと私が、出会う確率は……?」
時間「*******」
【episode1】
海の見える病院。涙島が遠くにある。
医者「これは……神経性胃炎ですね」
女優「じゃあ、ただの腹痛ってことですか?」
医者「まあ、簡単に言ってしまえばそうなります」
女優「そうですか」
医者「思い当たる節、ないですか?」
女優「ええと」
医者「例えば、酷いストレスを抱えているとか、最近何か問題が解決しないとか」
女優「ああ……」
医者「あります?」
女優「なくは、ないですね」
医者「微妙な言い方しますね。あるんですか、ないんですか?」
女優「あります」
医者「やっぱり」
女優「やっぱりってなんだ」
医者「まあいいや。問題には深入りする気もありませんし。とりあえず、そのストレスや問題を早いうちに解決して下さい。そうしないと、あなたのお腹、痛いままですから」
女優「……はあ」
医者「大丈夫そうですか?」
女優「まあ……できるだけ、何とかします」
医者「それなら良かった」
女優「ご心配おかけしてすみません」
医者「いえいえ。ところで、ずっと気になってたこと、聞いてもいいですか?」
女優「なんでしょう?」
医者「竹内さん、よく、女優の松山リコに似てるって言われませんか?」
女優「……。言われませんよ。失礼します」
医者「お大事に」
病院を出る
女優「いや、似てませんかって、本人だし。気付かないんかい」
マネ「終わりました?」
女優「え?」
マネ「終わりました?」
女優「ん?」
マネ「だから、終わりました?」
女優「いや、なんでマネージャーがここにいるの? 言ってないのに」
マネ「まあ言われてませんね」
女優「ストーカー?」
マネ「違いますよ。なんで僕が松山さんなんかのストーカーしなきゃいけないんですか」
女優「なんかって…あ、外で芸名で呼ばないでください。他人のフリしますよ」
マネ「いいじゃないですか、松――」
女優「よし、帰るか!」
マネ「竹内さん!」
女優「……なに」
マネ「ストーカーなんてしなくたって、あなたの行動は分かりやすいんですよ。いつもそんなに食べないくせに今日に限って外食行ってきます〜なんてメモ残すわ、事務所のパソコンでいきなり医者調べるわ、そのパソコン付けっぱなしで病院行くわ……アホですか」
女優「いや、え? ほんとに? 付けっ放しで来ちゃったの、私」
マネ「そうです」
女優「ただの馬鹿だ……。ストーカー呼ばわりしてごめんねマネージャー」
マネ「いいですけど」
女優「じゃ、帰るか。……え、なに、通してよ」
マネ「通しません」
女優「なんで! 帰るってば」
マネ「だから、さっきから終わりました? って聞いてますよね」
女優「診察なら見ての通り終わったって」
マネ「そうじゃありません。あなたの、」
お嬢様「どうして付いてくるの。わたくし、お母様にもう帰ってくるなと言われたわ」
執事「ですからお嬢様。あれは奥様の本心ではないのですよ。後生ですからお戻りください!」
女優「……なにあれ」
マネ「さあ。」
お嬢様「じゃああなたは、わたくしよりもお母様のことを分かっているとでも言うんですの!?」
執事「別にそういう訳では……」
お嬢様「とにかく、絶対にわたくしはあの家に帰ったりはしませんわ! 貴方だって、お母様の娘だからわたくしの面倒を見ているだけなんでしょう…? それなのに偉そうに言わないで!」
執事「お嬢様!」
お嬢様、2人の方にはしってくる。ふたりの手を掴む
女優「え」
お嬢様「ごめんなさい、匿って!」
女優「ちょ、待って――」
次の瞬間、走ってきた執事と盛大にぶつかる2人。走り去るお嬢様
女優「ったあ!!」
マネ「いてて……」
執事「いっ……あ、お嬢様!」
女優「はー。なんだこりゃ」
執事「はっ、申し訳ございません。とんだご迷惑を…!」
マネ「僕達は大丈夫ですよ。それより、あの、女の子は…」
執事「ああ、見失ってしまった……私としたことが……ああああ……」
女優「っていうか、お嬢様って何」
執事「お嬢様はお嬢様です。この日本でも大きな出版社の1つ、四葉出版の社長の娘さんです」
マネ「ああ、あの……って、四葉出版!!?!?」
女優「驚きすぎでしょ」
マネ「いや、いやいや、だってあの四葉ですよ。あなた去年取材受けたじゃないですか。ほら、日本橋劇場でやったあの……」
女優「"MAKE(メイク)"ね。マネージャーなんだからそれくらい覚えててよ」
マネ「そう、それです。その舞台の時の取材で雑誌の表紙飾った時の、あの出版社さんですよ」
女優「ああー」
執事「とにかく、あの方を連れ戻さなければなりません。私はこれで失礼致しますが、もしお怪我などありましたらこの番号にお掛け下さいませ!」
名刺を渡して執事去る
女優「ほー」
マネ「勢いのある人たちでしたね」
女優「っていうかあんなベタベタなお嬢様と執事、存在したんだ……」
マネ「世界は広いですね。」
女優「ほんとに。この番号も、貰ったはいいけど電話したらどこにかかるんだろ…固定電話っぽいんだけど」
マネ「社長室とか?」
2人「…いやいやいや」
マネ「とりあえず僕らも帰りましょうか。」
女優「そうね。じゃっ、私この後予定あるからお先!」
マネ「はーい、お疲れ様です。……何か忘れてるような。あ!! 竹内さん! だから僕の質問に答えてくださいってば!!」
お嬢様が走ってくる。
お嬢様「はあ、はあ……うまく巻けたかしら」
謎の男「卵焼きの話?」
お嬢様「うわあっ!!」
謎の男「あれ、驚かせちゃったみたいだ」
お嬢様「だだだ、誰ですの? 見たことない顔ですわね、あっ、ま、まさかお母様の差し金で……! 私は帰りませんわ!!」
謎の男「お母様…? 誰だそりゃ。差し金って……だいたい、おれは君が何者かなんて知りやしないさ」
お嬢様「本当に?」
謎の男「ああ。これっぽっちもね」
お嬢様「……本当?」
謎の男「怪しまれてるなあ……ホントだって」
お嬢様「そう…ならいいけど」
謎の男「だが、ここらはあまり安全な場所ではないよ。悪い大人がうようよいる。早くお家に帰りな」
お嬢様「あなたも?」
謎の男「ん?」
お嬢様「あなたも悪い大人なの」
謎の男「そう見えるかい」
お嬢様「そうは見えないわ。でも……」
謎の男「でも?」
お嬢様「とても不思議だわ。初めて会ったような気がしないの」
謎の男「ひょっとして、口説いてる?」
お嬢様「そういう風に聞こえる? よっぽど自信家なのね。違うわよ」
謎の男「それはがっかりだ。おれだってダンスの1つや2つ、お相手できるかと思ったのにな」
お嬢様「それはおあいにく様。わたくしも、見ず知らずの男の人と踊るような女に見えたなんてがっかりだわ」
謎の男「口の達者なお嬢さんだ。残念だよ、ここで君と会えたことは奇跡だと言うのに」
お嬢様「なに、いきなり。お説教ならお断りよ」
謎の男「説教なんかするつもりはないよ。だけど、人と人が出会うということは、奇跡に等しいんだ」
お嬢様「ふーん」
謎の男「興味なさそうだな。お嬢ちゃんにはまだ早いか」
お嬢様「奇跡って、もっと目を見張るようなことよ。そう簡単には使えないくらい――」
謎の男「簡単じゃないさ」
お嬢様「え?」
謎の男「……ま、いいさ。そろそろ、迎えが来る頃だからね。おれは失礼しよう」
お嬢様「それってどういう――」
執事「お嬢様!!!」
謎の男「おっと」
お嬢様「佐々木! どうして……!」
執事「お嬢様は声が大きいんですよ。…あまり、心配かけさせないで下さい」
お嬢様「でも」
謎の男「あっ!!!!」
2人「え?」
謎の男「もう夜だよ、ほら、そろそろ帰らないと」
5時の鐘
お嬢様「あら、もうそんな時間? さっきお昼を食べたばかりだと思ってましたのに……」
執事「気が付きませんでしたね。長く家を出られると奥様も心配します」
お嬢様「あの人は心配なんかしないわ」
執事「そんなことないですよ。さ、お嬢様。とにかく帰りましょう」
お嬢様「……分かったわ。今回だけよ。じゃあね、おじ様」
謎の男「はい、じゃあまたね。」
2人去る。
謎の男「おじさんって歳じゃないんだけどなあ……」
【act1】
撮影現場。
役者A『ごめん、遅くなって!』
女優『ううん、大丈夫だよ〜。それより陽子ちゃん、話って?』
役者A『話ってほど、大したことじゃないんだ』
女優『そうなの?』
役者A『うん。いや、大したことかも』
女優『ええー、どっちなの』
役者A『まあまあ。……悪いね? いきなり』
女優『いいよお。親友の頼みだもん。いつも頼ってばっかりだったから、嫌われちゃうかな? って思ってたし!』
役者A『……なんで』
女優『へ?』
役者A『……ううん、なんでもない。気にすんな』
女優『うん、それで、話ってなあに?』
役者A『そうだったね。あのね、茜。……私たち、もう友達やめよう』
【episode2】
海。女の子(人魚の形はしていないが人魚)が倒れている
男「……あの」
人魚、眠っている
男「あの!!」
人魚「!!」
男「あ、起きた。大丈夫ですか? この辺、夜は冷えるみたいですよ。」
人魚「……」
男「あれ、もしかして言葉伝わってない? 外国の人ですか?」
人魚、首を振る
男「違うのか……。言葉は伝わってるみたいだし、もしかして喋れないとか」
人魚、うなづく
男「そっかあ。声が出ないのな。で、どこから来たの? この辺りの人間なら、こんなところで野宿ってわけでもないだろ」
人魚、海を指す
男「やっぱり海外? 結構遠くから……」
人魚、全力で首を振る
男「じゃあ……」
人魚、砂浜に指で『う、み』と書く
男「うみ? はあ……。なんか変な人に声かけちゃったみたいだ」
人魚、そろそろ帰らなきゃ! のジェスチャー。
男「ん、門限か何か?」
人魚、うなづく。先に帰ってください、と焦ったようなジェスチャー。
男「先に帰れって? いや、もう夜だし送っていくよ。女1人じゃ危ないだろ?」
人魚、首を横に振る。
男「……? まあ、いいけど。気を付けなよ。ホントにさ」
人魚、頷く。男を急かす
男「はいはい、僕もそろそろ宿を探さなきゃだな。じゃあね」
人魚、嬉しそうにうなづく。またね、と手をふる
男「じゃあ、また」
男はける。
人魚、海に入っていく。
海の底、そーっと門に入る人魚。その途端、王様の怒号が響く。
王様「おいシャーロット、今までどこに行っていた?」
人魚「パパ」
王様「どこに行っていたと聞いている」
人魚「ええと、あの、あ! ほら、西の方に貝殻でネックレスを作りに…」
王様「ならそれはどこにある?」
人魚「あっ…えっとそれは……」
王様「これで何回目だと思ってるんだ! お前は王女としての自覚が足りない。分かってるのか?」
人魚「……はーい」
召使「あのう、王様? これくらいで今日は許してやったらどうでしょう…?」
王様「いいや、今日という今日は絶対に許さんぞ。お前はもうじきこのラルムの女王になるんだぞ、遊びにうつつを抜かしている暇などないのだ。ダンスもろくに出来ないというのに…」
召使「王様もダンスできないけどね」
王様「何か言ったか!!」
召使「ゴメンナサーイ…」
人魚「私! ……人間の世界に行っていたの」
2人「えっ」
召使「いきなりなんてカミングアウト!?」
人魚「今まで黙っててごめんなさい。だけど、どうしても地上の世界が気になっちゃって。空を見てみたかったのよ。無限に広がる空の濃紺。ここにはない沢山のもの。パパは気にならないの? 海の外のこと。」
王様「ならん。」
召使「というかどうやって外に……外に出たら呼吸が出来ないはずなのに」
人魚「そんなことはないの。息だってできるわ。2人は行ったことがないから知らないだけなんだわ、こわいんでしょう? 地上が」
召使「うわあ、王様を煽ってるう〜……」
王様「うるさい! いいかシャーロット。これ以上、地上のことなど話すな。今後一切だ。いいな」
人魚「……分かった。話さないわ。でも…でも、私はまたあそこへ行くわ。」
人魚、出て行く
召使「あの、王様……?」
王様「……飯だ」
召使「は?」
王様「飯にしろ。腹が減っていると余計にいらいらする。至急だ、いいな!」
召使「はっはい!! ……って、姫様を止めないんですか?」
王様「それはあいつが決めることだ。……本気でよく考えてのことなら、致し方ないだろう」
召使「もー、なんだかんだ良いパパですよね、王様って!!」
王様「パパと呼ぶんじゃない!」
召使「はーい!」
宿。
女将「いらっしゃい、若いの。予約は?」
男「してない。今日はいっぱいか?」
女将「ちょっと確認してみるよ。おーい、あんた!」
男「聞きに行くんじゃないんだ…」
女将「あんたってば!! いないのかい?」
踊りながら出てくる主人。
主人「どうもマイケル東雲です。 フォー!」
女将「こらこら、何やってんだよ! もうあんたったらお客さんもいるのに……はい手袋!」
男「いやそこじゃないでしょ! 手袋の有無よりツッコむとこいっぱいあると思うんだけど?」
女将「悪いね〜、うちの主人、度がすぎたファンなのよ」
男「あなたもね」
女将「そんなことないわよ、ねえマイケル?」
主人「そうだね、あやかちゃん」
東雲「はい、スリラー」
男「訳わかんないわ! もういいです、別の宿を探しますね」
東雲「ちょちょちょちょ!」
主人「部屋は空いてる!」
女将「お願いだから」
東雲「とまっていって!」
男「……はあ、わかりましたよ」
東雲「やったー! はい、スリラー」
男、帰ろうとする
東雲「ちょちょちょちょ! 泊まっていってよ!(スリラーの体勢のまま)」
男「まずその体勢をやめろ」
東雲、やめる
東雲「おーけぃ?」
男「おーけぃ。」
主人「いやーよかったよかった!」
女将「ほんと、10ヶ月ぶりのお客さんだからね、帰られたらどうしようかと思ったよ」
主人「でも珍しいよな、こんなところに旅って」
男「そうみたいだな」
女将「しかもこんな時期にね」
男「というと?」
女将「来週王子様の結婚式なんだよ。この国の人はみんな招待されててね。結婚式の準備で大忙しなのよ」
主人「僕たちは余興をやろうと思っててねえ。でもまだ何をするか決まってないんだ」
女将「そうなのよ〜」
男「今のやればいいと思いますよ」
東雲、びっくり
主人「その手があったか!」
女将「あんた天才だね!」
男「今まで気づかなかったほうがふしぎだね」
主人「素晴らしいな、アイデアがどんどん浮かんでくるよ」
男「よかったですね」
主人「奇跡のような出来事だよ」
男「はあ」
女将「きっと、あんたがここに泊まっていくことも運命だったのかもね」
男「大げさな。奇跡も運命もないですよ……まあ、ありがたく泊まらせてもらいます。気になるものも見つけたし」
女将「なんだい」
主人「コレか?」
男「にやにやするな気持ち悪い。……まあそんなとこです」
女将「手が早い! あんた、見かけ通りの性格してんだねえ」
主人「見た目は草食系っぽいけど」
女将「最近はやりの、ろ、ロールキャベツ系男子ってやつ?」
主人「ああ!LoveをDoする! 君、最高にBeat itだねえ!」
男「ちょっとよくわかんないけど、僕は一足先に眠らせてもらうよ」
女将「はい、おやすみ」
主人「君、気に入ったから明日の朝食はおまけしてあげるよ!」
男「(はけつつ)ありがとう!」
女将「まったく、男どもは調子がいいんだから」
主人「ごめんごめん。でも、たまにはいいだろ? ああいう変な客も。」
女将「まあ、ねえ。ほんと、偶然なんてねえ」
【act2】
役者A『私たち、もう友達やめよう』
女優『……え』
役者A『茜のことは大好きなんだけどさ。でも、だめなんだよ。あんたを見てると……』
女優『やだよ、陽子ちゃん、なんで』
役者A『あんた見てるとさ。自分が、嫌になるんだよ。』
女優『……』
【episode3】
男が二人いる。
空間「あーあー、困るなあ。困ったなあ」
時間「人魚のあの子のことか?」
空間「そうなんだよ。海と地上の者は絶対に出会わないってことが条件で、同じ世界を共有してるというのに……。あーあ、もう忘れられちゃったかな、遠い昔のことだから」
時間「さあな。語り継がれる伝説は、途中で変わっていったりするから、きちんと文面で残すほうが良かったんじゃないか?」
空間「あのころとは文字も変わってしまったから……やっぱりもう一度、忠告しに行ったほうがいいのかもしれないね」
時間「そうだな。海だけじゃなくて、地上のほうにももう一回伝えとくのが無難かもな。ちょうど最近、王子の結婚式があるらしいし」
空間「王子の結婚? それはめでたいことで」
時間「もう一つの世界線のほうは問題ないんだよな? 仕事が大変になるから、おれとしてはあんまり世界を増やしてほしくないんだよな」
空間「分かってるよ。だからこうして海と地上を組み合わせたりしてるんだろ」
時間「それもそうか。感謝してるよ。もういっこの世界は、この前遊びに行ったけど特に何も異常はなかったな。でも可愛い女のコがひとり」
空間「お前なあ、あんまり地上に行ってるとケイオス様に怒られるぞ?」
時間「大丈夫だって、ばれないようにしてるからさ」
空間「……なら、いいけど」
神「なにが良いって?」
時空「うわあ!!」
時間「なななななんでもないですよ〜!」
神「そうか。ならいいが」
時間「お、おかえりなさいケイオス様!」
空間「みなで帰りを待っておりました!」
神「みな、とは良く言ったものだな。二人しかおらんではないか?」
時間「いや、それは、あの、別にみんなケイオス様がいないのをいいこと
に遊びに行ったとかでは全然なくてですね!?」
空間「ばかやろう何言ってんだ、言わなくていいことを……はっ、ケ、ケイオス様……?」
時間「怒ってらっしゃる……?」
神「……怒ってはいないが、呆れている。私の帰りを待っていなくてもいいが、仕事は全うしてるのか? なまけて遊んだりしていないだろうな」
空間「ち、ちょっとクロノス、ばれてるんじゃないのお前が遊びに行ってること!(小声)」
時間「いや、そんなはずは……」
神「おい。」
時空「はい!!!」
神「世界は、順調か?」
空間「順調、といいますと?」
神「すべての世界が、きちんとその世界の中で進んでいるかと聞いている
んだ」
一瞬場が凍る
空間「……あの」
時間「順調です! 何にも心配することはありません、僕たちにお任せください!」
神「……そうか。それじゃ、引き続き頼んだぞ。私は他の奴らの様子を見てくる」
空間「……。」
神、はける
時間「いやあ、おっかねー! あいかわらず笑わないおっさんだよなあ」
空間「……なんで」
時間「ん?」
空間「なんで、伝えなかったんだ」
時間「何が?」
空間「何が、じゃない。二つの交わるはずのない空間が交わってしまったことだ。クロノス、お前にとってはあるようでない規則だが、地上に行くのにはあの方の許可が必要だ。もちろん、彼らに忠告するためにも、だ。それなのに――」
時間「プラスト。お前は感じないのか?」
空間「……何を」
時間「興奮だよ! この数千年もの長い間で、人間たちは近くに自分の理解者がいることが当たり前だと思うようになっちまった。だけどな、それは当たり前なんかじゃないんだ。全然、当たり前じゃないんだよ」
空間「ああ」
時間「この間の女の子もそうだった。自分だけは、一人で生きて行けるって思ってるんだ。そういう人間が今の世の中に溢れてるんだ。心底愉快だ! ……そんな時代に、出会うはずのない人同士が出会うこと。これを興奮と呼ばずに何て表現するんだ」
空間「お前の言いたいことも分からなくはない」
時間「だろ?」
空間「だけどな、守らなきゃいけない規則ってものがある。俺はケイオス様に会ってくるから」
空間、はけようとする。時間、時を止める。
空間の行く手のほうに移動してから、時を戻す。
時間「行かせないからな。」
空間「……ったく、お前。力を乱用するな」
時間「――やってみたいことがある。協力してくれ」
【episode4】
王宮。
姫様「アルフレッド様、見て! 明日お披露目するドレスを着てみたのだけど、どうかしら。に、似合ってないかもしれないけど……」
王子「よく似合っているよ。とっても綺麗だ」
姫様「ありがとう。あなたは? もう明日の準備は大丈夫なの」
王子「ああ、手配も全て済ませたし、ぬかりはないよ。あとはケーキが届くのを待つだけだよ」
姫様「ウェディングケーキ! 実際に見るのは初めてだから、とっても楽しみ。この手で、美しいケーキを切らなきゃならないと思うと心苦しいけれど……でも、ほんとうに楽しみ。夢みたい」
王子「それは良かった。ケーキのほかにも、コックに沢山料理を作ってもらうから、楽しみにしておいてくれ」
姫様「あら、私そんなに食べないわ。減量中なんだから!」
王子「もちろん、君の分だけじゃないさ。国民にも料理を分けるつもりだからね」
姫様「そこは、いっぱい食べても君は綺麗だよ、っていうところよ。王子様?」
王子「そうか。なるほど」
姫様「ジョークなんだから、軽く流してくれていいのに」
王子「すまないね。女の人の扱いに慣れていないものだから……なにしろ、僕は君しか知らないから」
姫様「やだ、照れる」
王子「普段の君も可愛いけど、僕はおいしそうにご飯を食べる人、好きだな」
姫様「……ずるいですよ、そういうの。」
王子「そうかな」
姫様「そうです。それにしても国民にも、って、ほんとうにたくさん作るのね!」
王子「そうだ。今日はみんな忙しくしてるから、一言でも感謝の意を伝えてあげるのがいいよ」
姫様「そうね。そうしましょう」
声「姫!! お色直しの後のドレスも調整致しますから、早く戻ってきてください」
姫様「はーい! ……じゃあ、行きますね」
王子「ああ、またあとで」
声「早く!!!」
姫様「今行きますから!」
【add1】
お嬢様の部屋。
執事が扉をノックする音。
執事「失礼いたします。……お嬢様、まだ夕飯お召し上がりにならないのですか?」
お嬢様「……お腹が空いていないの」
執事「嘘ですね」
お嬢様「嘘じゃないもの……」
執事「旦那様と顔を合わせたくないだけでしょう」
お嬢様「佐々木、うるさい」
執事「図星でしょう?」
お嬢様「もう、出てって」
執事「――そういえば、この間お嬢様が私から逃げる時にぶつかった二人組がいらっしゃいましたね」
お嬢様「話聞いてる?」
執事「女性のほうは、どこかで見たことのある顔だなあと思ってたんですよ。でも、全然思い出せなくて」
お嬢様「昔の彼女に似てたとか? ふふ」
執事「それだったら覚えてますよ。……って、そんなことはいいんです。その女性、誰だったと思います?」
お嬢様「……さあ?」
執事「これなんですよ」
執事、おもむろにテレビを付ける。
女優のドラマ【act3】。
役者A『あんた見てるとさ。自分が、嫌になるんだよ』
女優『陽子ちゃん……?』
役者A『茜のこと、憎んでるんだ。あたし。』
女優『……』
役者A『もう、茜の隣には居たくないの。……荒井にね、振られたんだ、茜のことが好きって』
女優『!』
役者A『馬鹿だよな、私。こんな簡単に親友のこと憎いって思っちゃうなんて』
女優『でも……陽子ちゃんは荒井君が好きなんでしょ。だったら私のこと嫌いになっても仕方ないよ。もう、近づかないようにするから……。ごめんね。陽子ちゃん』
役者A『あんたの……』
女優『え?』
役者A『あんたのそういう所が嫌いだって言ってんだよ!!』
お嬢様「どなたですの?」
執事「松山リコですよ。知らないんですか?」
お嬢様「知らないんですかって、わたくし、普段そこまでテレビを付けないんだもの。むしろ、どうしてあなたは知っているんですの? 暇人かなにか?」
執事「失礼ですね。常識ですよ。有名な女優さんくらい普通に生活していれば分か……いえ、なんでもないです」
お嬢様「普通ねえ」
執事「……ごめんなさい」
お嬢様「松山リコさん、ね。覚えたわ。佐々木、もしかしてファンなの?」
執事「ち、違いますよ! ただ気になったから調べただけです。うちの出版物の表紙も飾られていたと言うので」
お嬢様「ふうん?」
執事「ま、まあそんなことはいいんです。お嬢様、本当にご飯を食べないつもりなんですか?」
お嬢様「……ええ」
執事「そんなことでは、何かあったときにまた倒れてしまいますよ。」
お嬢様「分かってる……」
執事「では、お部屋でもいいのでお食事を召し上がって下さい。持ってまいりますから」
執事、扉に向かって歩く
お嬢様「佐々木」
執事「はい?」
お嬢様「……ほんとに、食べないから」
執事「はいはい」
執事はける。
お嬢様、ためいき
お嬢様「……私が倒れたら、お父様、どうするかしら」
【add2】
監督「カット!」
マネ、飲み物を手渡す。
マネ「お疲れ様です。」
女優「ありがと。」
マネ「大変ですねえ」
女優「ん? 何が」
マネ「え、いや、高校生って歳じゃないのにな、と思って。いたっ!」
女優「コスプレだって言いたいのかな? んー?」
マネ「っててて。頬をつねるのはやめてくださいよ。そういうわけじゃないんですけど」
女優「じゃーどういうことなのか説明してみなさいよ」
マネ「ほら、あの子若いじゃないですか。価値観とか合うのかなあって」
女優「そんなに気になんないよ。最近の子は大人っぽいし。」
マネ「松山さんは子供っぽいですしねえ〜」
女優「なんか言った?」
マネ「いいえ?」
女優「そう」
役者A「あの、松山さん。ちょっといいですか?」
女優「ん?」
役者A「次のシーンのところ、どうしようか未だに迷ってて……。監督は好きにしていいって言ってくださったんですけど」
女優「ああ、あれね。緊張するよね」
役者A「うーん……でも、松山さんとの共演のほうが緊張するかな」
女優「あ、そう?」
役者A「そう? じゃないですよ。しますよ、緊張。普通に」
女優「そっかあ。」
役者A「それに、私だってデビュー前は松山さんのドラマよく見てましたもん」
女優「そうだったんだ! ありがとね」
マネ「あの、そろそろ……」
女優「あ、ほんとだ。」
役者A「次もよろしくお願いします!」
女優「こちらこそ。自信もってれば大丈夫だよ」
役者A「ありがとうございます」
役者Aはける
マネ「『自信持ってれば大丈夫だよ』! ですって」
女優「うるさいなあ」
マネ「自分に言ってるんですか?」
女優「さあね。」
マネ「あ、そういえばこの前病院行ったとき、逃げましたよねえ……?」
女優「あ、ああ、あれねー……いや、気のせいじゃないかな!」
マネ「気のせいじゃないです!」
女優「気のせいだよ!」
マネ「……そうですか? じゃあ今、この前の質問に答えてもらいましょうか」
女優「げっ」
マネ「僕分かってるんですよ……? 松山さんのトラウマについて」
監督「スタンバイお願いしまーす!」
女優「はーい!!!! じゃ、またあとでねマネージャー!」
マネ「また逃げられた……」
【add3】
本を読んでいる男。
人魚がやってくる。
男「お、また会ったね」
人魚、頷く。本を指差す。
男「あ、気になる? これはねえ竹取物語っていうんだ。ちょっと読んでみようか。
今は昔、竹取の翁というものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使いけり、」
人魚、男の腕を掴む。首を振る
男「なに? これじゃ嫌だって? しょうがないな。じゃあこれ。平家物語。これはねえ、言葉の流れがとっても綺麗だからよく聞いててね。えーっと、
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の、って、おーい! 起きてよ! そんなにつまらなかった?」
人魚、ごまかす。
男「そうかなあ、僕はそうは思わないけどなー。やっぱり女の子にはこれか。源氏物語。
長いから、朗読するのはやめておくけど、この話はね、ある王族の王子様が、いろんな女の子と愛を育む話なんだ。この物語の世界では、王族は王族と結婚する、っていう決まりがあるんだけど、この王子様はね、そんなの気にしないで、庶民の女の子と恋に落ちるんだ。身分を超えた恋ってすごいよな。でも僕は不可能なことじゃないと思ってる。そう思うだろ?」
人魚、嬉しそうに頷く。
男「そういえば、君はどうしてここへ来てるの?」
人魚、ペンダントを男に見せる
男「貝のペンダント……? もしかして自分で作ったの?」
人魚、頷く
男「へえすごい。確かにこの辺、綺麗な貝がいっぱいあるもんなぁ。あ、これとかペンダントにどう?」
人魚、嬉しそうに頷く
男「あ、そうだ」
人魚、首をかしげる
男「ううん、なんでもない」
昼の鐘の音。
男「あ、もうお昼か。女将にお昼には帰ってこいって言われたんだよな。僕はもう帰らなきゃ。君はまたここに来る?」
人魚、頷く
男「よかった。じゃあまた会えるね。さようなら」
男、はける。
人魚も、バイバイしてはける。
【add4】
結婚式場。
姫と王子、それから他国の偉い人や貴族、自国の庶民たちなど、
多種多様な人が集まっている。
立食パーティ形式。
「王子、おめでとうございます」
「先代から貿易させていただいている○○国の△△と申しますが…」
「お姫様、綺麗ですねえ。いまおいくつなの?」
「このご飯おいしい〜!!」
「王子、素敵な方とご結婚なされましたね。御幸せに」
姫「アルフレッド様、あちらの方がご挨拶をと」
王子「ああ、ありがとう」
思い思いにガヤガヤ。
姫「なんだか、もう始まっているのに宙に浮いているような気分」
王子「大丈夫。落ち着いて」
姫「緊張するわ。とても」
王子「この国にいる人は温かい人たちばかりだから。だから、安心して僕の隣にいて」
王子「この度はお集まりいただき感謝する。今後のこの国のさらなる飛躍と繁栄を期待してくれ。乾杯!」
おのおの乾杯して、ガヤガヤ。FO。
宿。女将と主人が朝食の準備をしている
男「おはよう」
女将「あら、おはよう。あんた毎日毎日こんな時間まで、よく寝てられるわね」
男「ええ? まだ朝の9時だけど」
主人「このあたりの人は早起きだからねえ。五時には町の7、8割の人は起きてると思うよ」
男「はやっ」
女将「みんなこの時間にはもう町に出てるよ」
男「え、本当か? だったら急いで支度をしなきゃ」
主人「今日もどこかへ出かけるのかい?」
男「ああ、ちょっと海辺まで」
女将「もしかして、前に言ってた、気になる子に会いに……?」
主人「くー! 若いねえ」
男「うるさいなあ」
女将「だったらとーんと食べていかなきゃね」
主人「今日の朝食は豪華だよ。王子の結婚でご馳走が配られたから」
男「配るのか
女将「そう配るんだよ。まあ人口の少ない国だからできることなんだろうけど。王家専属のコックが作ってるから、うまいよ」
男「へえ、そうなのか。うわ、うまそうだな。いただきます!」
主人「この前の、君が提案してくれた余興、大成功だったよ」
女将「そうそう。王子様にも喜んでもらえて」
男「へえ、やってみせてよ」
東雲、びっくり
主人「君からそんな言葉が聴けるなんて(感極まる)」
女将「1週間やり続けた甲斐があったわね」
男「ほんとだよ」
東雲「東雲、感激!! きみにこれをあげるよ! プレゼントフォーユー」
男「なんだい、これは?」
主人「号外の新聞だよ。結婚のことがいろいろ書いてあるんだ。」
男「へえ、今回で60代目なのか……ってどこらへんがプレゼントなんだよ」
女将「いいじゃない、いいじゃない。おめでたいことだもの。旅の記念にさ!」
主人「ほらほら、好きなだけ持っていきな」
男「なんでこんなに……じゃあ2枚もらっていくよ。あ、そろそろいかなきゃ。」
女将「お昼には戻っておいでよ」
男「はいはい、ありがとね」
主人「気をつけろよー!」
男「行ってきます!」
【episode5】
空間「いや、無理無理無理!!」
時間「だいじょーぶだって。」
空間「絶ッ対、嫌だからな。だいたい、お前に協力してうまくいったためしがない」
時間「今回は大丈夫なんだって! さっき言ったろ、あのとおりやれば問題ないんだって!」
空間「問題ないなんてよく言えたものだな! 失敗したら最悪殺されるんだぞ!?」
時間「分かってるさ。それくらい」
空間「分かってない。お前は全然わかってないんだ」
時間「分かってる。」
空間「分かってない! 出会うはずのない二人は人魚と男だけで充分だろう! お前に振り回される世界はたまったもんじゃないぞ」
時間「世界の方はそんなことこれっぽっちも分かってないさ。心配するなって、おれはあの世間知らずのお嬢さんに、傲慢な人間のようになって欲しくないだけだ」
空間「ほら、それだ。どうしてそこまでその人間に固執する? お前の人間ごっこには反吐が出る。挙句それを愛だの恋だの言うんじゃないだろうな」
時間「そんなのには興味ないよ、おれは。いいから聞いてくれ。まずプラスト、お前に頼みたいのは、人魚と出会ってしまった旅人の男……あいつを、お嬢さんがいる世界に飛ばすことだ。世界線は違えど、位置は同じだからそんなに難しくないだろ」
空間「……簡単に言うな」
時間「なあ、頼むよ。」
空間「それで何になるんだ。お前にも僕にも、いいことなんてひとつもない」
時間「損得じゃない、自分の感情に正直に生きてるだけだ」
空間「神が聞いてあきれるな。」
時間「そうかもな。……お前があの男を飛ばしてくれれば、あとのことはおれに任せてくれていいから。だから、今回だけは頼む。命がけの暇つぶしに手伝ってくれよ」
空間「だから、簡単に言うな。今回だけって、何回目だ」
時間「……ごめん」
空間「……。わかったよ」
時間「えっ」
空間「しょうがないから手伝うって言ってるんだ。何か言うことは?」
時間「……ありがとな。助かるよ」
空間「だけど、それ以上のことはやらないからな、絶対だ」
時間「ああ、分かってる。そこから先は、おれと――あの二人でどうにかするさ」
【episode7】
社長室。
お嬢様「話って、なに」
社長「まあ、そこに座んなさい」
お嬢様「……」
社長「あ、佐々木。お茶お願い」
執事「はい、只今」
お嬢様「お茶なんか必要ないわ。話が終わり次第、ここを出るから」
執事「お嬢様、またそんなこと」
お嬢様「佐々木は黙ってて!」
執事「……はいはい」
社長「とりあえず、お茶は持ってきてくれ。頼んだ」
執事「はい」
執事はける
社長「……さて」
お嬢様「佐々木を追い出してまで話すことなんてあるんですの」
社長「真里菜」
お嬢様「……」
社長「この間は、悪かったね。」
お嬢様「!」
社長「お前を心配するがゆえに出た言葉だったけれど、真里菜を傷つけてしまった。しまいには出て行け、なんて怒鳴って。我ながら嫌な親だわ」
お嬢様「今更、そんなこと言うの」
執事「お茶、お持ち……あ」
お嬢様「親らしいことなんて、何もしてこなかったじゃない。私の世話も、色んな人に任せきりで。それなのに」
社長「……それは」
執事「お嬢様、それは違います!」
お嬢様「佐々木、戻ってきていたのね」
執事「奥様は……お嬢様のことをいつも考えていらっしゃいますよ。覚えていますか、数年前、お嬢様が高熱を患ったときです。あの時、社長はすべての予定をキャンセルしてお嬢様につきっきりだったんです」
お嬢様「でも、それは普通の家なら当たり前のことじゃない!」
執事「では、お嬢様が行儀のよい食事を当然のように出来ることや、言葉遣いが丁寧でいらっしゃること、それに好きな服を好きなだけ買って着られることは、当たり前ですか」
お嬢様「……」
執事「毎日帰ってきたらベッドが整っているのは、当たり前なんですか」
社長「佐々木。いいから」
執事「普通の家じゃなくたって、あなたは愛されてるじゃないですか」
お嬢様「……私」
執事「いい加減、気付いてください。皆、あなたが好きだから……お嬢様のためなら、って頑張ってるんです。それじゃあだめなんですか!」
社長「佐々木、しゃべりすぎ」
お嬢様「……私」
社長「うん?」
お嬢様「納得、できたわけではないけど……だけど、今までわがまま言ったことは、ごめんなさい。」
社長「だから、真里菜が謝ることじゃないよ。なんにも悪いことしてないんだから」
お嬢様「はい。」
社長「ま、佐々木には反省文かなあ? ちょっと喋りすぎだよ、言わなくていいことまで……」
執事「反省文……。」
お嬢様「喋りすぎなんてことないわ! 私、知れてよかったもの。だから、お咎めはなしでいいでしょう?」
執事「お嬢様〜!」
社長「ま、あんたがそういうなら良いよ。だけど、もうどこかに行って皆を心配させたりしないように。それだけは守りなさいね」
お嬢様「はい、……ありがとう。お母様」
【act4】
女優『陽子ちゃん……?』
役者A『あんたはさ、人のことぶん殴りたいほど憎んだこととか無いわけ!? それともそこまで他人に興味ない?』
女優『何言って――』
役者A『なんでそんな風に落ち着いていられんの? 私、あんたの親友じゃなかったの? 嫌だって思ったりしないの? 私は茜のことより失恋したことを気にしてる最低な女なのに! どうして怒らないの? ねえ!』
女優『……分かんないよ。分かんないよ、陽子ちゃん』
役者A『なんで……なんで分かんないんだよ! 人の気持ち考えるのは得意だろ!?』
女優『得意なんかじゃないよ……』
役者A『私は、茜のこと一番の友達だって思ってたよ』
女優『私だって、そう思ってるよ……?』
役者A『もういいよ。私は、もうあんたとは友達じゃなくなるんだから』
女優『ねえ、陽子ちゃん。』
役者A『……』
女優『陽子ちゃん、せいせいしたんじゃないの』
役者A『ああ、そうだよ』
女優『ほんとに?』
役者A『そうだよ!』
女優『なら、どうして泣きそうなの?』
役者A『……帰る』
女優『私、陽子ちゃんと一緒にまたお弁当食べたいから。……だから、また、明日ね!』
陽子、辛そうに笑う
役者A『――それがイイ子だって言ってんの』
茜、はにかむ。
【episode6】
海。
男が新聞を読んでいると、人魚がやってくる。
男「あ……」
人魚、頷く。
男「えと……名前、聞いたっけ?」
人魚、首を振って砂に指で文字を書く。
男「シャーロット、か。僕は……秘密。」
人魚、首をかしげる
男「いや、別に変な理由じゃないよ。ただ、旅をしてる間は名乗らないようにしようって決めたんだ。人間ってのは素性が分かるとすぐに手のひら返すからね。……まあ、そんな変わった肩書を持ち合わせてるわけでもないけど。気分ってやつだよ」
人魚、納得したように頷く
男「そんなに納得されても逆にやりづらいな……そういえば、君は王子の結婚式には行ったの?」
人魚、首を傾げる
男「あれ、知らない? ええと、なになに……(新聞を見る)アルフレッド様がライム王国の姫、マーガレット様と結婚された。国中が二人を祝福し――」
人魚、新聞を奪い見る。
男「シャーロット? どうしたのシャーロット」
人魚、新聞を男に突き返してその場から去ろうとする。
男、とっさに人魚の手を掴む。
男「おい、シャーロット……ちょっと待って! シャーロット?」
男「シャーロット、君は王子のことが……」
人魚は掴まれていた手を振り払い、はける。
女将たちが入ってくる。
女将「あら、あんたまた今日もここに来たのかい。もしかして」
主人「ああ! この前言ってた女に会うのか! どうなんだい上手くいきそうか?」
女将「そんな野暮なこと聞くんじゃないよ!」
主人「えー、だってこいつ案外男前だろ? ちょっと押せば女の子のひとりやふたり、簡単に落とせるさ? なあ?」
男「……」
女将「女を甘く見るんじゃないよ! 少なくとも私は、そんな簡単に落ちたりしないよ。」
主人「そうだよ、あやかちゃんはちゃーんと考えて、僕のことを選んだんだから」
女将「今はそんなことどうだっていいのよ」
主人「つれないなー」
女将「……悪かったわね」
主人「あっ! デレてる!!」
女将「デレてな」
男「あの!」
女将「?」
男「僕、今日でこの国を出ます。今までありがとう。あなたたちには感謝している」
女将「おいおい、ちょっと待ちなよ。そんな急に出て行くことはないだろう? 明日に
なるまで待ったって」
男「一度宿に荷物を取りにいくよ。金は明日の分まで払ったっていい。それで充分だろ?」
女将「金の話をしてるんじゃないよ。私はあんたのことを心配して」
男「心配してくれるなら、お願いだからほっといてくれ。……ちょっと一緒にいたくらいで、余計なお世話だ。」
主人「もしかして君、嫌われようとしてるんじゃないか?」
男「……だったら?」
男、立ち去る。
主人立ちすくみ、女将寄り添う
【episode8】
王宮
姫様「アルフレッド様」
王子「ああ、君か」
姫様「皆、探していましたよ。どうしても見つからないから、と私に手紙を」
王子「手紙? 僕にか」
姫様「ええ、差出人は不明なのだけど……」
王子「――そうか、ありがとう」
姫様「ねえ、アルフレッド様。私にできることがあったらおっしゃって? 最近、何だか疲れてるわ」
王子「うん。ありがとう」
姫様「じゃあ、私はそろそろ寝るわね。おやすみなさい」
王子「おやすみ。」
王子、手紙を開く。
一読して、手紙を閉じる。
王子「……海の国、か」
海。
王様が手紙を持っている。
王様「……。忠告か。下らない」
王様「――どうしたって、交わることなんて出来ないようになっているくせに、嫌な男だ。私だって……。まあ、いい。……地上に行ったことがないなんて、興味もないなんて嘘、よく言えたものだ」
王、手紙を持ってはける。入れ替わるように人魚が帰ってくる
人魚「……ただいま」
召使「あっ! 姫様お帰りなさい。ご飯出来てますよ〜」
人魚「怒らないの?」
召使「どうして」
人魚「どうして、って……」
召使「地上に行っていたことですか?」
人魚「……」
召使「どうしたんです、そんな暗いカオして。ぶさいくになっちゃいますよ〜」
人魚「ぶさいくって! そうよね、私、ぶすだものね……」
召使「えっ、いや、あれ、ジョーダンだったんだけどなあー。そんな落ち込まないで下さいよ」
人魚「私、もう、地上には行かないようにするね……」
召使「えっ」
人魚「ごめんね、ほんと! 心配かけたのに。」
召使「いや、心配はしてません」
人魚「え?」
召使「王様も心配していませんでしたよ。あなたの決めた道ならそれでいいって」
人魚「パパが……」
召使「さ、分かったらご飯にしましょう! 腹が減っては戦は出来ぬと言うでしょう」
人魚「戦なんかしないってば〜」
召使「いいえ?」
人魚「へ?」
召使「門限破りの不良娘には、お説教が待ってるんですよ……?」
人魚「えっ……うそ」
召使「さ、ご飯ご飯! 広間でパパが待ってますよー!」
人魚「絶対イヤー!!!」
【episode9】
空間「このあたりに来るはずなんだけどなあ……って、なんで僕が待たなきゃならないんだ」
男が歩いてくる
空間「見つけた。案外簡単だな。――おい、お前」
男「……なんですか。誰だよあんた」
空間「まあ落ち着きなって。こっちだってこんなことしたくないんだ」
男「は? 何言ってんだ」
空間「こっちの話」
男「僕、今すごい機嫌悪いからほっといてもらえると嬉しいんだけど」
空間「ほお。なんでまた?」
男「何だっていいだろ。あ、そうだ、これあんたにやるよ。……もう僕には必要ないし」
手には人魚に渡すはずだった綺麗な貝殻が握られている
空間「……なるほど?」
男「なんだよ、分かったみたいに」
空間「いや、分かりやすいでしょこんなの。ああやだやだ、受け取りたくないなあ」
男「だよなあ……あーもう。何だかなあ」
空間「どこかへ消えてしまいたい?」
男「……そうかも」
空間「そうか。……あー、やだなあ、やっぱやらなきゃいけないのか。今更やめるわけにいかないか。ああ、でも……」
男「何、どうしたんだ」
空間「いや、こちらの話だ」
男「さっきから何なんだ」
空間「君は、別の世界に行ってみたいと、思うか?」
男「はあ? ……たとえばどんな」
空間「そうだな、詳しい説明はできないけど……。少なくとも、『彼女』は、いない世界だ」
男「――行きたい。」
空間「本気で?」
男「だからそう言ってるだろ」
空間「そろそろ、諦め時だよな。」
男「え?」
空間「世界を超えるぞ」
男「は?」
空間「……今から、お前を連れていく。いいな? もう何回も聞いたからな、返事は聞かないぞ!」
男「え、ちょっと待て、おい――」
あの日と同じ場所。
お嬢様「……あなたは」
謎の男「この辺りは危ないって言ったのに」
お嬢様「あなたこそ。またここにいるのね」
謎の男「ここは、地図にはない場所なんだよ。時空のはざま――」
お嬢様「え?」
謎の男「なんでもないよ。」
お嬢様「ねえ」
謎の男「ん?」
お嬢様「この前の話、もう続きはないの?」
謎の男「お、分かった? おれの言っていた意味が。」
お嬢様頷く。
お嬢様「私、こんなに私を大切にしてくれる人たちがいたのに……今更、私がこんなこと言っても綺麗事にしか聞こえないでしょうけど」
謎の男「そんなことないさ。……そうだなあ、お嬢さん、奇跡ってどれくらいの確率だと思う?」
お嬢様「ええと」
謎の男「問題。今までの歴史の中で生きてきたすべての人の中から、人生のうちに1000人と出会えるとすると、その人たちと出会える確率は何%でしょうか?」
お嬢様「今までの歴史? 長すぎて分からないわね……100万分の1くらいかしら」
謎の男「もっとだ。」
お嬢様「もっと……」
謎の男「な、すごいだろ? 人間は、そんな天文学的な確率で人に出会うんだ」
お嬢様「じゃあ、あなたと二度も会えたのも奇跡?」
謎の男「いや、最初のは偶然だったけど、今回は偶然じゃないさ」
お嬢様「え?」
謎の男「おれが君を呼んだんだ。世界をひとつ、救ってもらうためにね。」
お嬢様「どういうこと」
謎の男「もう二度と世界が交わらないように、彼には空間を移動してもらう。そこで、君の出番だ」
お嬢様「さっきから、何言ってるの? おじさま」
謎の男「ふふ、秘密だ。気にするな、あんたなら大丈夫だから」
お嬢様「……? はい」
謎の男「それだけだよ。じゃ、さようなら」
お嬢様「またね、じゃ、ないのね」
謎の男「……もう会えないからさ」
お嬢様「どうして――」
【episode10】
病院。
医者「あれ、またあなたでしたか」
女優「……すみません」
医者「まだ、治りませんか」
女優「はい。何だかすみません」
医者「いいですよ。また、同じ薬出しときますから」
女優「ありがとうございます」
医者「気にしないでください。こっちは好きで医者やってるんですから」
女優「そう、ですよね」
医者、おもむろに立ち上がる
医者「ここからの眺め、いいでしょう」
女優「はい。とても」
医者「あの島が見えますか? 涙島って言うんです」
女優「へえ……あ、形がちょっと雫みたい」
医者「無人島ですが、綺麗な島です。窓からこの景色が見たいと、院長に頼んで私はこの診察室を使ってるんですよ」
女優「素敵です、すごく。」
医者「……あの」
女優「はい?」
医者「あなた、やっぱり松山リコですよね」
女優「ああ、それ……はい。そうです」
医者「この前もテレビで見ましたよ。クイズ番組で」
女優「あれ、やりたくなかったんですよ」
医者「ひょっとして、それが“原因”?」
女優「……」
医者「なるほど」
女優「昔から、女優になるのが夢で。だけど、勉強はしっかりしようと思って、大学はそこそこ良いところに行ったんです。あ、クイズ見て下さったなら、分かっちゃいますよね」
医者「芸能人エリートチーム! とかいうのに入ってましたもんね。というかそこそこって、かなりですよ」
女優「はい。……だけど、いい大学に進むと周りの期待ってすごくて。こんなに出来るのに、女優なんかにならなくてもいいだろうとか、間違えるんじゃないよとか……業界でも、頭がいいからってなんでも出来ると思うなよって一部からは風当たり強くて。私はずっと、女優だけ目指してやってきたのにな、それじゃあだめかあって、……最近は、そういう声もだいぶ落ち着いてきましたけど」
医者「出てきていきなり主役でしたからね。覚えてますよ、確か四年前の――……『恋ならとっくに始まってる』?」
女優「よく覚えてますね」
医者「ファンなんですよ」
女優「……ありがとう、ございます」
医者「でも、嫌ならやめたっていいと思います」
女優「え」
医者「どうしても辛くて、こんな風に病院に通わなきゃいけないようなら、辞めたっていいと思います。こんなこと言ったら怒るでしょうけど、あなたは別の仕事だってやっていけますよ」
女優「……そう、ですよね」
医者「頭がいいからじゃないですよ。あなたが真面目で魅力的な人間だからです」
女優「え」
医者「でも、忘れないでください。世の中、そう悪い人ばかりじゃないですよ。」
女優「……でも」
扉がいきなり開く。
マネージャーが入ってくる
女優「えっ、え?」
マネ「なんで黙って行くんですか!!」
女優「いや、あの」
マネ「僕そんなに頼りないですかね!? なんでいつもメモなんですか! しかも嘘まで吐いて」
女優「ごめんなさい」
マネ「謝ってほしいわけじゃないんですよ! ……あーもう、いいですか? 今日の午後と明日の仕事はキャンセルしました」
女優「そんな勝手に――」
マネ「女優のくせに体調管理もできないんですか、あなたは!」
女優「ごめんなさい」
医者「そうじゃないでしょうマネージャーさん、言いたいことは。」
マネ「……」
女優「……ごめんね、マネージャー。私、女優失格だね」
マネ「そんなことないです! そんなこと」
女優「……うん。」
マネ「心配なんですよ、竹内……いや、松山さんは! いつもふらっといなくなって、それに……それに、たまにすごい怖い顔してるじゃないですか。僕、竹内さんの演技好きなんですよ。すっごく好きなんですよ! だから、何かあったら言ってくださいよ。憧れなんですよ、竹内さんは僕の!」
女優「……ありがとう」
医者「ね、分かったでしょう。一人で悩む必要なんかないって」
女優「はい。……マネージャー?」
マネ「中西です。マネージャーって呼ばれるの、なんかよそよそしくて気にしてたんですよ」
女優「中西くん。」
マネ「はい!」
女優「私……少し、休むことにするね」
マネ「――はい」
女優「でも、絶対、すぐに戻ってくるから。その時はマネージャー、またやってくれる?」
マネ「勿論!」
医者「何だか、面白いところに出くわしちゃったな」
女優「先生、すみません。お騒がせしました。」
医者「いいんですよ。あなたのファンというのは本当ですしね、またテレビに出てくる日をお待ちしていますよ」
女優「はい。ぜひ」
医者「また腹痛が起きた時には、いつでも来てください。ただし、」
女優「ただし……?」
医者「次は、サイン。もらいますからね」
女優「……はい!」
【episode11】
神「これはどういうことだ!!」
時間「あ、いや、これには深いワケがありましてですね」
神「お前など聞いていない! 私は、プラスト、お前に聞いているのだ。なぜこんな真似をした? 人間の空間移動は私の許可なしではやってはいけない行為だぞ」
空間「……」
神「分かっているのか! お前にこのまま空間の神としてここにいてもらうわけにはいかなくなるぞ」
時間「待ってください、どうして」
神「どうしたもこうしたもないだろう、当然のことだ! 今までもこうしてやってきただろう」
空間「……分かっています。死を以て、罪を償いましょう」
時間「プラスト……」
神「それでいい。私とて、心がないわけではない。お前がいなくなるのは寂しいと思うぞ」
空間「……ええ、私も、この世界が名残惜しいです。とても」
時間「……。」
神「今夜0時、光の間に来るように」
神、はける
空間「……これで、よかったのか?」
時間「ああ。お前、役者になれるんじゃないか?」
空間「やめてくれ。冗談じゃない」
時間「冗談じゃ、ないんだけどなあ?」
空間「……お前、本当にいいのか。これで。」
時間「いいんだ。楽しかったよ。あ、そうだ、手紙は俺が出しといてやったから」
空間「は?」
時間「二つの世界への忠告だよ。ケイオス様には、永遠に秘密だ」
空間「……そうだな。」
時間「あとは頼んだからな。おれとしては、次の時空の神は綺麗なオネエサマがいいかなあ」
空間「おい。」
時間「冗談だよ。……じゃあな、いつかまた会おう」
時間、時を進める。0時の鐘が鳴る
時間「ぴったり、十二時だ。おれは行くよ。……お前に見える?」
空間「まあまあかな。」
時間「そう、まあまあか。悔しいな」
神「遅かったな」
時間「……」
時間、神に一礼
神「では始めよう。……そんなに緊張しなくていい――というのは、無理な話か」
時間、少し笑うが黙ったまま
神「これから、お前にいくつかの質問をする。正しく答えろ、いいな」
時間、頷く。
神「お前は、空間移動が許可なく使用されたことを認めるか。」
時間、頷く。
神「これを、死を以て償うことを認めるか。」
時間、頷く。
神「……何か、言いたいことはあるか?」
時間、首を振る。
神「よろしい。……さらばだ、プラスト」
どうにかして殺す(ごめん)
途端、神の頭に激痛が走る
神「どういうことだ……! どうして、私に」
空間「そいつは僕じゃありませんよ。ケイオス様」
声と共にプラストが現れる。
神「プラスト!? じゃあまさか、こいつは……」
空間「――そう。クロノスですよ」
神「しかし、誓いに嘘があれば分かるというのに……なぜ」
空間「私は空間移動を使いましたし、それを死を以て償うことを認めていました。けれど、それは私の命ではない。そういうことです」
神「あいつ、始めからそのつもりで……?」
空間「ええ。――そして、ケイオス様。あなたは殺す相手を間違えてしまった。無罪の男を殺した罪は、どう償うつもりだ?」
神、倒れる
空間「神は、こうやって死んでいくんですね。参考になります」
神「……プラ、スト、お前」
空間「あいつの遺言なんですよ。――次の神は私です、ケイオス様。」
【epilogue】
男、倒れている。そばに貝殻が落ちている
お嬢様が見つけて駆け寄る。
お嬢様「あの」
男「……」
お嬢様「あの、大丈夫ですか」
男「……ここは」
男、起き上がろうとしてよろめく。
お嬢様がそれを支える。
お嬢様「良かった、意識はあるのね。道に人が倒れているから驚きましたわ」
男「ここは、どこですか」
お嬢様「ここ? ここは涙町ですけど……」
男「涙町……王国じゃないのか」
お嬢様「王国? 日本は王国じゃありませんのに、面白いこと言うのね、旅人さん」
男「……そうか。」
お嬢様「どうかしました? この街に思い出でもあったのかしら。あ、前世で住んでいたとか! ふふ、なーんて、冗談……」
男「そうだな」
お嬢様「え?」
男「全く、同じ景色のところから来たんだ。そこではこの前王子が結婚して、美味しい食事がたくさん振る舞われて……」
お嬢様「そうだったの」
男「そうだ、僕――失恋したんだ」
お嬢様「え」
男「……好きになった子は、僕に出会うよりずっと前から王子が好きだったんだ。あーあ、なんで気付かなかったんだろうなあ! 彼女の隣に座っている時は、ずうっと見てたのにな。王子はもう姫のものなのに、シャーロットと王子は知り合いでもないし身分も違うのに。――それでも、俺じゃだめだったんだ。あーあ、いっそ彼女を連れ去って国を出ればよかった。……でも、そんな勇気もなかったんだ」
お嬢様「あなたが、もしかして……」
男「ごめん、初めて会うのにこんな話してさ」
お嬢様「いえ……」
男「何もかも忘れるために、僕はまたどこかへ行くよ。ここにはきっと戻らない。迷惑をかけたね」
お嬢様「待ってください」
男「ん?」
お嬢様「忘れてはだめ」
男「だめ、って……決めるのは僕だ、君じゃない」
お嬢様「人と人が出会うことは奇跡だと言います!」
男「は?」
お嬢様「確かに……確かに私が何か言うのはおかしいのかもしれない。だけど、忘れるなんて言わないで。
ある人が言っていたの。『人と人が出会うということは、奇跡に等しい』って。私は、私は恋をしたことはないけれど、恋に落ちる確率は人が出会う確率よりずっと低くて、その数は天文学的だわ! あなたが今まで旅をして何人の人と出会ったのか、私には分からない。けれどあなただって全ての人を覚えてはいないはずだわ。それなのに、そんな確率で出会った相手を、そんな簡単に忘れられるなんて言わないで。」
男「……なんでお嬢さんが泣くんだ」
お嬢様「えっ! あ、違、これはその……ごめんなさい、ちょっと待って」
男「……うん」
お嬢様「もう大丈夫ですわ。……泣くと思わなかったから」
男「こっちの科白だよ。びっくりした」
お嬢様「ごめんなさい」
男「いいよ。……僕も、悪かった」
お嬢様「え?」
男「あんたは、すごく大切に育てられてきたんだろうな」
お嬢様「……そう、ですね」
男「他人のために本気で泣けるのは、すごいことだよ」
お嬢様「そうかしら」
男「うん。……確かに僕は数えきれないほどの人と出会ってきたけれど、全ては奇跡のめぐり合わせだったんだよな」
お嬢様「ええ。」
男「君と、僕ともね」
お嬢様「もちろん。」
男「じゃ、今度こそ、そろそろ行くよ」
お嬢様「ええ」
男「さよなら。」
お嬢様「あっ!」
男「……?」
お嬢様「忘れものです、これ」
貝殻を拾って差し出す。
男、少しためらってから、決意したように手を伸ばす。
お嬢様「それじゃあ、元気で」
男「……出会ってくれて、ありがとう。」
END