俺だっていつかは結婚しなきゃいけへんというのはわかっとったつもりやった。例えその相手が自分の思いを寄せる相手じゃなかったとしても、家のことを思えば仕方のないことだと思った。そう、俺がこの家を継ぐのやし仕方ないんや。覚悟はしとったから女と深い関係になることは避けとった。大人しく名も知らぬええとこの女と結婚し家を守っていくんやと漠然と将来を描いとった。それは希望溢れる未来なんかではなく、モノクロで味わいのないものだと思っとった。
 なのにまさか、俺の相手が、幼ない頃妹みたいに可愛がっとった千花だなんて。ほんで、密かに熱を上げる俺の想い人だなんて。




「運命は残酷やなあ」

 柔造は空を見上げ、ため息をついてしまった。縁側に座り、柄にもなく綺麗に手入れのされた庭をぼー、と眺めているとかすかに聞こえる足跡。どうやらこっちに向かっているようで誰やと首だけで振り向けば、彼女は驚いた顔をした。しかしそれも一瞬にしていつも通りの表情に戻り柔造の隣に立った。

「柔造さん、ここにいたんですね、」
「なんだ俺を探しとったのか。すまんなあ」
「いえ、いいんです。それより、」

 ニッコリ笑い話さかければ淡々と必要事項だけを返す千花。幼い頃の彼女とは違う雰囲気に柔造はきりきりと心臓を痛ませた。
 柔造の記憶の中の千花はよく笑い、よく泣き、とにかく表情豊かな子だった。引っ込み思案な千花はいつも柔造の後ろに隠れて歩き、何かあればすぐに「柔にい!」と柔造に抱き着いてきたものだった。同じ歳の金造にからかわれ泣いていた千花が頼るのは両親ではなく柔造。自分を慕う幼い千花の可愛らしい笑顔が柔造は大好きだった。
 あれから両親の都合で東京へ引っ越してしまった千花と会わずに10年がたった。柔造は25歳、千花は20歳だ。大人と呼べる年頃になった彼女は見違えるほど成長した。可愛らしい彼女は綺麗な女になったのだ。といってもまだ幼さは抜けず小柄で柔らかい雰囲気を持つ彼女は昔のままのようだった。
 しかし再会を喜ぶ柔造とどこか寂しいげな曖昧に笑う千花。不思議に思った柔造に聞かされた話は、柔造と千花の結婚。瞬時に柔造は理解した。そりゃあ好きでもないやつとの結婚なんて、嫌に決まってる。10年、あっという間だなんて今だから言えるけれど柔造にも千花にもいろいろあったはずだ。恋もしたし傷つきもしただろう。千花が今でも自分のことを慕ってくれているなんてことは、ありえないことだ。10年もたっているんだからなぁ。柔造はそう思いもう一度空を見上げる。

「柔造さ、ん…?」
「ん?あー…わりいわりい」
「大丈夫ですか?」

 千花の話を聞かず思考に浸っていた柔造は慌てて意識を千花に戻す。「柔造さん」だなんて、もう一生「柔にい」とは呼んでくれないのだろう。あの蕩けるような笑顔をみることはできないのだろうか。
 敬語を使い柔造から一歩線を引くような態度をとる千花に柔造は申し訳なくなる。彼女だって、自分の想い人と結ばれたいはずだ。千花を想う自分の気持ちと彼女の気持ち。彼女を解放してやりたいのに、自分は千花を離したくないと思ってしまっていた。断ろうと思えば断れたはずなのに、今じゃ手遅れだ。もう親戚にまで紹介してしまったのだ。その時の千花のあの苦しそうな表情は柔造の頭から離れることはなかった。

「それで、柔造さん……婚姻届はいつ、出しにいくのだと母達が…、」
「……あのさ、千花ちゃん。結婚、なしにしよか」
「えっ?」

 驚きで大きな瞳を目が飛びだすんじゃないかとくらい開き真ん丸くする千花に柔造はおおきな声で笑った。少女時代のような表情豊かな幼い顔。懐かしいなあなんて呑気に思ってしまう。

「今更って感じやけども、千花ちゃんはこんな理不尽な結婚嫌やろ?」
「っ…あたし嫌なんかじゃ、」
「すまんなあ。俺今からでも止めにでけへんかおとんに頭下げてくるわ」
「あ、……柔造さっ」

 声を上げる千花を無視し柔造は立ち上がる。首をぐるりと回すとぼきぼきっと骨がなった。そない長い間いたんか。柔造はふっと笑い、千花の頭をポンポンと二回軽く叩き千花の横を通り過ぎた。
 柔造が縁側の角を曲がると、俯き呆然としていた千花は苦しそうに眉を寄せはぁっと深く息を吐いた。頭を軽く叩かれるのは千花が幼い頃よく柔造にされていたもので、千花の脳裏に幼い日の柔造の笑顔が過ぎる。太陽のように明るくだけど誰よりも優しい柔造の笑顔は千花が10年間何度も忘れようとして、一度も忘れることができなかったものだった。 ぼたり、ぼたりと千花の足元に水が落ちた。それは紛れもなく千花の瞳から溢れた涙で、

「ま、まって柔にいっ!!」
「千花……っ?」
「ごめ、ごめんなさいっ!!」

 千花の大きな声と懐かしい呼び名に足を止めた柔造。振り向いた先にはぼろぼろと子供のように涙を流す千花がいて、柔造は慌てて千花に近寄った。

「あ、あたしがっ、頼んだのっ!柔にいとの結婚、あたしがっ!」
「な、」
「柔にいのこと全然わすれられなくてっ、どうしても柔にいがほしくってっ。柔にいのきもち考えずあたし、」

 ごめんなさい、と涙を流す千花の告白に柔造は固まってしまった。彼女の言っていることは本当なのだろうか。もし本当なら、千花も自分のことを想っている、そういうことなんじゃないか。言いたかったことを吐き出し千花は落ち着いたらしく涙を止めた。赤く晴れた目を見るのは初めてじゃない。再会してから何度も千花の赤い目を見てきた。彼女はよく泣いていたのだろう。

「あたし、ずるいね。ごめんね柔にい……あたしからお父さんたちに言っとく。全部話すよ」
「言わんでええ」
「でも、柔にい、こんな結婚いやでしょ?やっぱり好きな人と一緒に、きゃっ」

 千花の言葉は柔造に抱きしめられたため続くことはなかった。ぎゅうっと千花の存在を確かめるかのような抱擁に千花は身じろぐが抵抗することはなかった。ただ心臓がばくばくと音をたてていて今にも口からでてしまいそうだと千花は思った。

「柔にい…?」
「千花、好きや」
「っ……!!」
「大好きや。だから俺と結婚してくれ」

 ぽろぽろと千花の瞳からまた涙が溢れだし柔造の服を濡らす。声がでないほどの胸の痛みを感じ千花はどうしたらいいのかわからず控えめにしかし強く柔造の服の裾をぎゅっと握った。涙も痛みも苦しいものじゃなくて、甘い幸せだった。柔造の胸に顔をうめ泣く千花は小さく頷いた。








成長しすぎた幼い恋心













110517
柔造からただよう偽者臭
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