「好きな、ひとが、できたんだ」
「……っそっか」
いつからだろう。千花の横顔を見れなくなったのは。千花が悲しそうに笑うのに気づかないふりをしたのは、いつからだろう。
「ずっと一緒にいると思ってたけれどやっぱり永遠なんてないのかな」
「……っ」
そう笑う千花にずきりと心臓がえぐられたような気がした。俺が悪いのに、
「ミナトは悪くないよ。ごめんね気づけなくて」
なんて、悲しそうに、本当に悔いた笑う千花はすごく綺麗で思わず、ごめん嘘だよ。俺には千花だけ。と抱きしめたくて震える身体を、手の平を強く握りそっちに集中させることで必死に抑えた。千花に全部話すと決めた時にちゃんと覚悟していたはずなのに、いざ千花の泣きそうな表情を見ると揺らぐこの心はなんて弱いんだろう。千花にこんな表情をさせている自分が大嫌いだった。
「……好きなひと、聞いてもいい、かな?」
「……クシナ。うずまきクシナ、だよ」
「クシナ、ちゃん」
そっかぁクシナちゃんかぁと繰り返す千花を見てられなくて思わず俯いてしまった。向き合うと決めたのにここにきて千花と視線を反らしてしまった。ごめん、と心の中で何度も呟く。声に出さなきゃ意味がないなんてことわかってる。けれど俺にはそんな勇気はなくてただただ足元に転がる石ころを見つめることしかできなかった。恐れ多くも木の葉の黄色い閃光とか次期四代目とか言われている俺が、たった一人の女の子の目をみる勇気すらないとしったら里の皆は笑うだろうか。
「……クシナちゃん、かわいいもんね」
「……」
「赤い綺麗な髪で、羨ましいなあって思ってた」
「……」
「忍術も私なんかよりすごくて、強くてかっこよくて綺麗で、」
「……」
「ねえ、ミナトっ……最後くらいあたしの目みてよ……っ」
震えた声で叫ぶ千花に勢いよく顔をあげる。千花はぼろぼろと涙を零していた。
「ごめん……っ!」
――なんてバカなんだ俺は。抱きしめたい、今にも動き出そうとする身体に必死に理性を働かせる。今ここで千花を抱きしめたらだめだ。それに俺にはもう千花を抱きしめる資格なんてないのだから。俺が顔をあげたことに気づくと千花は両手を覆い顔を隠す。しかしぼろぼろと溢れる涙は千花の指の隙間から溢れだし隠せることはできそうなくて、その姿に俺はまた胸が痛くなった。
「本当にごめん……っ!」
「あやまらないでよ……っ」
「……っうん、ごめ」
――ん、と続くはずだった言葉は千花に胸倉を掴まれ引っ張られ千花の唇に塞がれたせいで音にならなかった。
久しぶりにした千花とのキスの味は、涙でしょっぱいはずなのに甘く感じて俺まで泣きそうになった。
ゆっくり唇が離れると千花の涙は止まっていた。
「……バカミナトっ!」
「うん……そうだね。俺は、大バカ野郎だ」
掴んだ俺の胸倉を千花は激しく揺らし、バカ、アホ、天然などと子供のような罵倒をする。一発、いや二三発殴ってもいいくらいのことを俺はしたのに千花はしなかった。
「ねえ、」
「ん?」
「ミナトは、あたしのことちゃんと、好きだった?」
「……うん。大好きだったよ。大人しいとみせかけて子供っぽいところも、困ってる人がいてもほっておけないところも、意外と男らしいとこも、全部大好きだったよ。いや今も大好きだ」
「……」
「今だって、殴られてもいいようなことを言った俺になんにも言わない優しい千花が大好きだ」
こんなこと今頃いったって千花は迷惑だろうけど最後なんだからしっかり向き合いたかった。今まで向き合えなくてごめん。反らしててごめん。一生一緒にいられなくてごめん。周りからみれば幼い子供のするような恋だったかもしれないけれど俺は一生懸命千花を愛していた。結果、千花を傷つけて終わるような恋だったけれどこれも運命なのかなって皮肉ながら思う。
堪えるように唇を噛み締める千花の頭をそっと撫でると千花はびくりと肩を揺らした。
「……あたしはっ、ミナトのそういうところ嫌いだよ……っ! 何も言えないじゃない、ずるいよ……っ」
「……うん、」
「バカ……クシナちゃんと、幸せになってよね……」
「……ん、ありがと。千花も、ね」
「うん……っ」
涙を流す千花をもう抱きしめることはできない。愛してる、なんて簡単にいいたくはなかった。言葉にしてしまえばなんて陳腐なものなのだろうと思ってた。でも言おう。
「千花、愛してた」
泣きたくなるような恋だった
男の涙はみっともないってばね! と言うクシナが目に浮かぶけど今だけは千花を思って泣いてもいいかな。
101212
(もっとどろっとしたかったのに爽やかになっちゃった)