ぴょこぴょこと跳ねるように歩く苗字さんに思わず笑ってしまった。雨に濡れた苗字さんの靴はびしょびしょになってしまっていて、不快らしくこんな歩き方をしている。靴貸そうか?と言ったけれどジャージも傘も貸してもらってさすがに悪いと苗字さんは拒否した。

「意外と頑固なんやな」

そう笑うと「お父さん譲りなの」と苗字さんの新たな一面を知った。みーんみんみーん、とあんなにうるさく鳴いていた蝉の声は聞こえず、蛙のげこげこという合唱が響く。久しぶりの雨に蛙も喜んでるんやな。俺も雨が降ってくれはったおかげで苗字さんに近づけたのだから感謝せねば。今すぐ傘を離し両手でガッツポーズをしありがとう雨!と叫びたいくらいだけど、手には傘だけではなく苗字さんの制服の入った袋もあるからそんなことはできない。

「猫、志摩くんが引き取ってくれることになってよかった。ずっとあそこにいたら可哀相やもの。ありがとう志摩くん」
「おかん猫好きでよかったわ。一発オーケーしてくれはるなんて思わんかったよ」
「志摩くんちなら猫さんも幸せやねー」

 おかんに猫のことを話すとええよと軽いノリで許可がでた。呆気に取られたけどええならええかと苗字さんを送ると一緒に猫を引き取りにいくことにした。ニコニコと笑う苗字さんは傘をくるりと一回転させ上機嫌のようだ。子供っぽい可愛らしい仕種は普段教室にいる苗字さんと全然違うと思う。彼女は意外と恥ずかしがりで頑固で子供っぽい。大人っぽい美人さんやと思ってた。これがいわゆるギャップ萌えってやつなのか。

「猫飼ったら、遊びに行ってもええかな?」
「もちろんや。なんなら毎日来てもええよ?苗字さんなら大歓迎や」

 ふふ、やった、楽しみ!と笑った苗字さんに俺は心の中でラッキー棚ぼたや!と叫んだ。寧ろ俺から誘おうと思っとったのにまさか苗字さんから言ってきてくれるなんて。猫さんありがとうほんま。明日学校へ行ったら子猫さんに猫の飼い方よーく聞いておこう。

「確かこの角を曲がって、あ!あった。いるかな」

 角を曲がると苗字さんの水色の傘が目に入った。苗字さんはぴょこぴょこ歩くのをやめ小走りでダンボールに近づく。そんな彼女にくすりと笑いを零し急いで俺も苗字さんの後をおった。

「あ……、」

 ダンボールを覗き込んだ苗字はぽつりと声をだした。その声は少し寂しそうでなんかデジャヴュを感じるなあと思いダンボールを見る。ダンボールの中は空だった。確かにいたはずの猫の姿はなく猫が包まれていたタオルも見当たらない。苗字さんの水色の傘が風で少し動いた。


「……いないね」
「……誰かに拾ってもらったんやな」
「そっか。なら幸せになってほしいね」

 苗字さんは灰色の空を見上げて呟いた。もしかすると俺の下心が神様には見え見えだったのかもしれへん、となんだか申し訳なくなった。ちらりとみた苗字さんはちょっと寂しそうだったけどどこか晴れ晴れした表情をしていた。


















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