「千花、海に落ちるなよー!」
「大丈夫だよ。洋あたしのこと子供扱いしすぎ」
「実際子供じゃない?」
「洋もね!」

 幼なじみの洋と軽口を言い合いながらカモメの鳴く声と波の音が響く船着場にしゃがみ込んで地平線を見る。すぅーと息を吸い込めば香る潮風の匂い。普段なら鬱陶しく思うなびく髪も心地良かった。海も山も自然がたくさんあるこの富海が大好き。年頃の女の子としては街が遠いというのは微妙な気分だけどね。服とかこの辺じゃあかわいい物なんてあまりないから、東京に住んでいるお父さんによく送ってもらっている。女の子の服を買うお父さんはきっとお店で肩身の狭い思いをしてるんだろうなあと申し訳なくなるけれど、今着ているワンピースを見下ろすとやっぱりお父さんにはまだがんばってもらわないとなんて思った。
 ぼうっと透ける海で気持よさそうに泳ぐ魚たちを見ていると隣に座っていた洋が「あ、」と呟いた。その声に顔をあげると入江の近くに浮かぶマリンランナー号の姿。そして小さく見えるもう一人の幼なじみの靖子ちゃん。


「やっぱり、ロケットまだ調整終わってないから僕は先に帰るよっ!」
「え、洋?」
「じゃあね」

 そう言い立ち上がった洋はあっという間に行ってしまった。無理やり引っ張ってきてしまったから多分無理だろうなあとは思ってたけど、やっぱり洋は靖子ちゃんと会えないらしい。幼なじみ同士の気まずい関係は間に挟まれたあたしの長年の悩みの種だった。いつかは仲直りしてくれるといいな、と思っているけれど上手くいかないものだ。

「はい。気をつけて降りてくださいね」

 ちゃぷんと波が跳ねマリンライナー号は船着場に止まった。船頭さんの声で降りてくるのは数ヶ月に会う幼なじみの靖子ちゃんと見慣れない小さな男の子。どうやら男の子は茜屋さんのところの子らしくおばちゃんたちが向かい入れる。その様子を横目でちらりと見ながらあたしは久しぶりの靖子ちゃんの思いっきり抱きついた。

「靖子ちゃんっ!おかえり!」
「わあ!千花!」

 驚きの声をあげる靖子ちゃんは最後にあった時よりうんと綺麗になった気がする。靖子ちゃんの女の子らしい、いい匂いがあたしの鼻孔をくすぐる。海の潮風と同じくらい大好きな匂い。おかえり靖子ちゃん。そんな気持ちを体でどうしても表したくて抱きしめる力を強くした。
「ちょっと千花〜?」
「靖子ちゃんもしかして痩せた?ずっるーい!靖子ちゃんには太ってもらわなきゃ困るのにーこのワンピースあたしが貰うんだからー」

 ワンピースをみながら言うと靖子ちゃんは呆れたようにため息をつく。だって靖子ちゃんの持ってる服は全部可愛いんだもの。今まで何度もお下がりを貰ったけれどそれも全部可愛かったし。お父さんが買ってくれた服についであたしの宝物。

「まったく、千花は相変わらずねー。ちゃんと受験勉強してるの?私と同じとこいくならもっと頑張らなきゃだめよ?」
「ま、まだ夏だし!」
「もう夏の間違いでしょう?いいわ、私が家庭教師してあげる!」
「ええ〜!だ、大丈夫だよ!数学とかは洋に聞けばわかるし!」

 洋、あたしがそういうと靖子ちゃんはうぐっと何も言わず黙ってしまった。こっちもこっちで気まずいと思ってるし。男なんだから洋が頑張りなよ!って思うけれど、いつも頼りがいがある靖子ちゃんも靖子ちゃんで洋の話には後ろ向き。二人の仲は、もう直らないのかな。来年は洋もあたしも高校生だ。もしかしたらこれが仲直りできる最後の年かもしれない。

「おねえちゃーん!」
「あっ!光!」

 パタパタと走ってきた光ちゃんと話す靖子ちゃん。あたしは何故か光ちゃんに嫌われてしまっているらしい。目が合うけれど光ちゃんはふんっと顔を背けてしまった。そんな仕種もかわいいんだけどなあ、と苦笑いをした。

「みんなー撮るよー」

 海辺の方からサイモンがカメラを構えて船着場にきた。茜屋さんの子達が慌ててポーズしだすからあたしも続いて靖子ちゃんの隣でピースを作る。

「はい、チーズ!」

 サイモンの合図でちーず、とみんな一斉に口を動かす。にっこり笑った富美の子供達。この中に洋がいないのが少し悲しく思った。もう戻れない、どこにもないあの夏の始まり。









透き通る海少年少女












(1日目)
100618~脱稿
110518~修正

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