昨日は久しぶりに夜遅くまで本を読んでしまった。おかげで今日の仕事はうとうとしてしまった。いつも真面目に働いてるわたしが眠そうに目を擦ってるのが珍しかったのか上司は面白そうに笑い「大丈夫?」と声をかけてくれた。疲れてるなら早く帰ってもいいんだよと言ってくれたが社会人として本を読んで眠いから帰りますというわけにはいかない。終了時間まできっちり仕事をし後片付けをし仕事を終えてきた。
 眠くて思うように動かない体はコンビニの簡単な食事を求めるが一人暮らしのカツカツの家計は自炊を求める。帰宅途中にあるスーパーにより夕飯の材料を買った。少し重いなぁと食材が入ったビニール袋を持ち家路につく。スーパーから5分ほど歩けば我が愛しのマイホームが見えてきた。マイホームといってもマンションの一角だ。運動のためといつもは階段を使い部屋まで帰るのだが今日はもう疲れてしまった。エレベーターを使おう。ぱちんと弾くようにエレベーターのボタンを押す。もう少しで我が家だ。家に帰ったらこの前新しくしたソファーにばたりと倒れ込もう。ふかふかしていて眠くなるような居心地のよいソファーは最近のわたしの癒しの場所になっていた。昨日本を読んでいた場所もソファーだった。
 チン、と電子レンジのような音がしエレベーターのドアが開く。少しの間床に置いていたビニール袋をまた持ちエレベーターに乗り込もうとして顔をあげわたしは思わず固まってしまった。エレベーターには人が乗っていた。エレベーターに人が乗っているのは当たり前のことで普段のわたしなら全く驚くことはないだろう。しかし乗っていた人は背が高くとても綺麗な顔立ちをしていて長い赤毛をポニーテールにしていた。顔立ちからみて外人さんであろう彼に思わず見とれてしまいわたしは固まったのだった。

「…乗らないんですか?」
「…え、あ、乗ります」

 いくら顔が綺麗とはいえ人をじろじろと見るのは悪いことだ。一歩も動こうとしないわたしに彼は不思議そうに声をかけてくれた。慌ててエレベーターに乗り込み彼に、じろじろ見ていたのと乗るのが遅くてという意味を込めてすみませんと謝る。いえ、と小さく笑って彼が返事すると同時にエレベーターのドアがしまった。彼はエレベーターのドアのボタンの前にいたから私は彼の斜め後ろにたった。彼は後ろ姿も綺麗でわたしはまた盗み見てしまう。傷んだ様子のないさらさらっと流れるような綺麗な赤い髪は整った彼の容姿にとても似合っていた。こんな綺麗な人テレビでも見たことがない。そう断言できるほど彼は綺麗だった。このマンションに住んでいる人だろうか。社会人になってからなので3年近くこのマンションに住んでいるけどはじめてみた。また彼に見とれてしまった。たかだか3階に上がるだけの時間がこんなに長く思えたのははじめてだ。

「あの、」
「っはい」

 後ろ姿を見ていると急に彼が振り向いた。その振り返る仕種があまりにも綺麗でどきりと心臓がはねる。話し掛けられたので慌てて返事を返すが慌てすぎて少し声が裏返ってしまい恥ずかしくなる。そういえば彼はどうみても日本人ではないだろうにすごく日本語がうまいなぁなんて考えを反らす。留学生、なのだろうか? そんな予想を立てていたからか彼の言ったことを聞き逃してしまった。今なんて?

「ここ、どこですか?」

 困ったように眉を下げて笑う彼が冗談を言っているようにも思えず私はまた固まった。ここどこですか、現在地がわからないということ。え、じゃあなんでうちのマンションのエレベーターに乗っているの? どこだかわからずエレベーターに乗ったの? とか疑問が沸いて来るが彼が言いたいことは、つまりえーっと、

「……迷子なの?」
「……お恥ずかしながら」

 と、答えた彼は本当に恥ずかしそうだった。



 エレベーターなんて場所で立ち往生するわけにもいかずましてやもう夜だ。いくら春になったといえ夜は冷える。外で話をするにもわけにもいかずとりあえず彼を家に招くことにした。ガサガサとビニール袋を揺らしながら我が家の鍵を開け靴を脱ぐ。鍵はいつもの場所、靴箱の上のかわいらしい某くまさんにかけておいた。

「あがって」

 入るのを戸惑っている彼をそくすと彼は「はぁ」と困ったように笑った。何か不都合があったのだろうか。一応家の中はそれなりに綺麗なので見られて困るようなものはないし異臭を放つようなものはない。あ、もしかしてうち臭い? 自分の家の匂いは住んでる人にはわからない。だけど人の家となると別だ。玄関に消臭剤買おうかな…と悩んでると彼は「靴脱ぐんですね」と不思議そうに言った。

「? あぁ、日本はこういう文化なの」
「そうなんですか」

 わたしがそういうと彼は靴を脱ぎはじめた。よかった、家の匂いに困っていたわけではなかったのね。勘違いしてしまうところだった。でもやっぱり消臭剤は買っておいた方がいいかもしれない。彼の分のスリッパを出し置いておいたビニール袋を持ちキッチンにやっとこさ下ろしふぅ、とため息をついた。やはりこんなビニール袋でも何分と持っていると疲れてしまう。

「ソファーにでも座ってね」
「はい」

 やかんに火をかけポットを用意する。インスタントで悪いけど彼をまたせるわけにはいかない。わたしのお気に入りのソファーには彼が座っているのでわたしはキッチンにあった小さなチェアに座った。やっと本題だ。

「んで、迷子っていってたけど、」
「俺少し前までイギリスのロンドンにいたんです。ある仕事をしてたら急に景色が変わりいたのはあそこでした」
「え、」

 つまりイギリスから日本にワープしたってこと? そんな漫画やアニメの世界じゃないんだから、と笑おうと思ったけれど彼の目は至って真剣で笑おうにも笑えずわたしは驚くばかりだった。だってそんな、そんなことってこの21世紀にありえるの? 彼が嘘をついているようにも見えない。まさか本当に? 

「帰れないんだ」
「……どういうこと?」

 例えそれが本当でもイギリスと日本じゃ飛行機さえとれば帰れるはず。帰れない? お金がないとかそういうことだろうか。お金だったらわたしのなけなしの貯金から少しくらいなら貸してあげることもできる。本当に困っている様子の彼をわたしは助けたい一心だった。後でこれが詐欺だったとしってもわたしは後悔しないくらいだ。

「魔法って知ってる?」
「、えっ?」

 唐突にでてきた言葉に驚きわたしは焦る。魔法って、今までの話にどう関係するのだろうか。というか魔法なんて非科学的なものは現代においてありえないでしょう。やっぱり彼は嘘をついているのだろうか、と疑ってしまう。しかし次にでてきた彼の言葉にわたしはもっと驚くことになる。

「俺魔法使いなんだよ」

 どうやらわたしは魔法使いを拾ってしまったらしい。 

110325

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