「早く帰りたかったんでしょ? あっちの方がグリフィンドールに近いわ、大広間にも」
「あぁ、じゃあ」

 千花が指差したのは入ってきたドアとは違うドア。千花はまたソファーに寝転がり緑と銀のネクタイを緩めた。はだけたカッターシャツと短いスカートから惜しみなく出される白い肌。目に毒だ、とビルは思いそのドアに向かう。しかしあ、待って!という千花の声に足を止め振り返った。


「そういえばウィーズリーくんの名前はなんていうの?」
「ビルだよ」
「ビル、ね。覚えたわ。あたしは」
「千花・仁科、さんだろう?ホグワーツにいるヤツなら全員知ってるさ」

 そういうと千花は目を丸くししきょとんとさせてからそれもそうねと不機嫌そうに呟いた。

「呼び止めて悪かったわ、ビル。じゃあまたね」
「あぁ、千花」

 千花は寝転んだまま、ビルは歩きながらお互いヒラヒラと手を振り別れた。ビルのいなくなった部屋で千花は声を上げて笑った。うふふ、と一人笑う千花は怪しげだったけれど、その表情は小さな女の子が飴を貰った時のように幸せそうな表情だった。





****







 がやがやと賑やかな大広間。楽しそうに会話をしながら朝食を食べる生徒もいれば、手にフォークを持ちながらテーブルに突っ伏し寝ているなんのために来たんだと突っ込みたくなるような生徒もいる。まだ重い瞼を必死で上げながらビルはグリフィンドール寮の席に座った。くわぁ、とでた欠伸に口を手で覆う。滲んだ涙を人差し指で拭いクロワッサンに手を伸ばした。

「ビルおはよ」

 ふと右耳から聞こえた鈴のなるような可愛らしい声。しかしそのこびた様子のない透き通るように綺麗で心地のよい声は聞き慣れたというには不十分で、知っているというより知ってしまった声だった。振り返り確かめてみるとやはり彼女で、

「やぁ千花。おはよう」
「隣いいかな?」
「もちろん」

 揺れる長い黒髪は今日も綺麗に整ったツインテールに前髪の花の髪飾りは童顔な彼女に似合っている。猫のようなツリ目を細めニコニコと笑う千花は昨日みた彼女はウソであったのではないかと思わせるほど可愛らしく何もかも"いつも通り"だった。ビルの隣に座りサラダに手を伸ばす千花。そんな千花の周りにいた生徒たちは次々に千花に話し掛け始めた。

「千花ちゃん聞いてよ昨日ミリアが〜」
「えぇっ!ミリアちゃんすごいっ」
「ねぇ千花、この前相談したこと覚えてる?」
「もちろんだよ。エリックのことでしょ?」
「そうよ!千花に言われた通りしてみたんだけど〜」
「あ!千花昨日言ってたヤツ持ってきたぜ!」
「ほんとっ!?見たかったんだ歩く死神KONAN!」

 四方八方から色んなことを話し掛けられながら千花はしっかり彼らに返事をしていた。楽しそうに話す千花の隣でビルはただただすごいなと感心する。元々ビルと千花は挨拶をするくらいで後は少しの世間話するだけの仲だった。千花のことを知っているといっても遠目から見たことと友人から聞いた話からだけだ。だから千花とこんな近い距離になったのは今が初めてである。世間話どころか身内の話などの深いった話までもしっかり覚えていて相手を不快にさせることはない。ただ時々隣にいるビルにやっと聞こえるくらいの大きさでチッと舌打ちをしていた。でも、笑顔で会話をする千花はすごく楽しそうにビルには見えた。それが偽りか本物かはビルにはまだわからなかったけれど。








(歩く死神って…) 



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -